加賀まりこ 子供の父親は布施明?旦那と離婚後は清弘誠と事実婚関係に!

加賀まりこ 画像

女優の加賀まりこ(73)は現在、TBSのプロデューサーで演出家の清弘誠氏(67)と事実婚関係にあるが、過去には結婚、離婚、流産、子供との死別など波乱万丈の人生を送ってきている。

 

加賀が最初に結婚した相手は、元フジテレビプロデューサーの高田明侑(たかだ・はるゆき)氏で、2人は1974年に結婚し、妊娠するも子供を流産。1979年に離婚した。

 

その後、元旦那である高田氏は2004年ごろから心臓病を患い、入退院を繰り返していたが、2011年01月08日に死去。死因は心不全だったという。(享年75)

 

そして、加賀の波乱万丈な人生はこれだけにとどまらず、1972年には未婚の母に。

 

私生活において加賀は、1972年に女児を出産するが、生まれてまもなく子供は死亡。当時の加賀は27歳で、出産前年となる1971年の暮れから、週刊誌はこぞって加賀の妊娠を報じたのだ。

 

未婚である人気女優が妊娠したことに「子供の父親は!?」といった内容の報道が、連日各紙で繰り広げられ、当の加賀も取材に追われる日々。

 

すると加賀はマスコミに対して「子どもは産みます。でも結婚はしません。 愛は終わったから」とコメント。

 

各誌に掲載された加賀の言葉に、人々は驚いたが、結局、子供の父親は誰なのかは分からず仕舞い。

 

肝心なところが明かされなかったのだが、それもどうやら判明しているという。

 

加賀まりこといえば、石坂浩二(76)と1960年代の芸能界を沸かせた大物カップル。

 

2人は同棲していたこともあり、当初、子供の父親は石坂浩二?かと騒がれたが、実際は、熱愛のウワサがあったもう1人の相手である歌手の布施明(69)が、子供の父親だったようだ。


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加賀まりこ 子供の父親は布施明?

加賀まりこといえば、マージャン好きで、喫煙者。オヤジっぽいところがある反面、若い頃は美人で、超モテモテだったようだ。

 

そんなギャップを持ち合わせている加賀は、デビュー当初、言いたいことを何でも言う自由奔放な言動から「小悪魔」、「小妖精」と呼ばれる。

 

しかも美人とくれば、仕事や恋愛も順調で、毎日が忙しい日々。

 

(若い頃の加賀まりこ)
加賀まりこ 若い頃 画像

 

そんなことから週刊誌に追いかけられたり、仕事も辞めたいと思った加賀は、20歳のころ、半年先のスケジュールをキャンセルして、単身パリに飛んだこともあった。

 

加賀は当時のことを「まだキスもしてないっていうのに記事にされちゃうと、ダメになっちゃうじゃない。そういう意味で壊れた恋の芽は、いっぱいありました。でもそれで壊れちゃうのは、縁がなかったってことなんだけど」と語っている。

 

そして、パリに飛んだ後は帰国して、再び女優業に本腰を入れるのだが、1966年に映画「泥棒たちの舞踏会」で共演した石坂浩二との交際が公になり、世間を沸かせることに。

 

しかも、一時は同棲にまで至り、交際は順調そのものかと思われたが、次第にお互いの仕事が忙しくなり、2人は破局を迎える。

 

その後、石坂は、テレビドラマ「2丁目3番地」で共演した浅丘ルリ子(77)と結婚したが、実はドラマで共演する前に、加賀は浅丘を石坂に紹介していた。「石坂が大ファンなので、一度デートしてあげて」と、加賀が浅丘に話したという。

 

当時、浅丘は30歳で「そろそろ結婚してもいいかな」と思っていたらしく、結婚の理由を「石坂の趣味が多彩なところや博学なところが、一緒になれば自分を磨くことができて、高めていくこともできると思った」と説明している。


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一方、加賀の方はというと、石坂と破局後の1972年に未婚の母になることを宣言。

 

だが、出産した長女が8時間後に死去するという悲劇を体験した。(子供はその後、静岡県内の霊園にある墓に葬られている)

 

当時、加賀の妊娠は週刊誌にも掲載され、「子供の父親は誰?」といった報道が連日取り上げられた。

 

人気絶頂だった時だけに大きく報じられ、ついに加賀は記者会見を開き、妊娠していることを公表して仕事を降板。

 

公表は仕事を降板する関係上やむを得なかったようで、加賀いわく、「女性の生き方について主張したいとか、目立ちたいとか毛頭なかった。妊娠した時素直に『産みたい』と思っただけ。ただ、自分で産んで育てるのになんで他人に 白い目で見られなくちゃいけないの、というのはありました。だからどこにでも堂々と出かけた」と語っている。

 

だが、そんな加賀も子供が死産したことについては、「残念でした。でも妊娠も出産も、今でも後悔していません」と語るも、肝心な子供の父親については明かさず。

 

(布施明が子供の父親?)
布施明 画像

 

子供の父親はやはり、石坂と破局後にウワサがあった布施明だったのか。

 

その証拠となるべき1冊の本がある。それは、タレントのなべおさみが出版した本に書いてあることなのだが、本には「加賀まりこが布施明との子を宿して未婚の母になる決意を固め姿を消してしまった」とつづられているのである。


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加賀まりこ 旦那と離婚後は清弘誠と事実婚関係に

加賀まりこの旦那は、元フジテレビプロデューサーの高田明侑(たかだ・はるゆき)氏。2人は1974年に結婚し、1979年に離婚。

 

加賀は高田氏の子供を妊娠するも流産。さらに元旦那の高田氏が、離婚後の2011年に心不全のため死去するなど、波乱万丈の人生を送ってきた。

 

近年ではTBSのプロデューサーで演出家の清弘誠氏と交際を続けており、事実婚の間柄となっている。

 

加賀と清弘氏の交際は、いまから12年前に「週刊女性」が報じたもので、当時、清弘氏が加賀の自宅から出勤する姿が目撃された。

 

都内にある加賀の自宅近所では腕を組み、楽しそうに歩く2人の姿などが目撃されているといい、加賀は事実婚報道に対し、「これが最後の恋だと思ってる」などとコメント。

 

清弘氏とは家族ぐるみの交際で、幸せいっぱいの日々をアピールしていた。

 

そんな清弘誠氏は、「渡る世間は鬼ばかり」の演出も務めたプロデューサーで、離婚歴がある。加賀とはもともとマージャン仲間だったようだ。

 

見た目は若々しく温和な性格で、人望も厚い。仕事を通じて知り合った2人は、マージャン仲間となり、意気投合。その後、恋愛に発展したという。

 

加賀は女性誌の中で、清弘氏との恋愛について「5年越しにアプローチしてやっと振り向いてくれた男性だった。その人と恋をして。私は本当に陽だまりにいるような穏やかさの中で時を過ごせるようになった」と説明。

 

本当のところは、清弘氏と結婚をしたいと思っていたというのだが、清弘氏の別れた家族の事情でそれは叶わなかったという。


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