西口彰の生い立ち 子供や家族は?事件のテレビドラマは陣内智則が演じる!

陣内智則 西口彰 画像

4月14日放送の「爆報!THE フライデー」は、1963年10月から1964年1月までに発生した「西口彰事件」を特集。

 

故・佐木隆三氏の小説「復讐するは我にあり」のモデルでも知られる西口彰死刑囚。この事件を題材にした映画やテレビドラマはこれまで幾度となく作られてきた。

 

その中でも記憶に新しいのが、2014年10月12日に「Mr.サンデー」が放送した特別版『東京オリンピックと世紀の大犯罪』のドキュメンタリードラマで、実在した連続犯・西口彰役を陣内智則が演じたことである。

 

ドラマの中では西口彰役を陣内智則が演じ、西口を指名手配犯と見破った子供役を谷花音(たに かのん)ちゃんが演じた。

 

事件当時の西口には妻や子供など家族がいる身分。裕福な家庭で育った生い立ちでありながら、重大事件を起こして大逃亡劇を繰り返していたのである。

 

結果、西口は最終的に死刑囚となり、福岡拘置所に収監され、1970年12月11日、44歳で死刑執行されたのだった。


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西口彰の生い立ち

西口彰死刑囚の生い立ちは大正14年12月14日、大阪で生まれたことから始まった。

 

西口家は代々がカトリック信徒で、西口死刑囚も子供の頃に洗礼を受けていた。

 

当時の両親は故郷の長崎県五島列島から大阪に出稼ぎに出ていたが、西口死刑囚が3歳のころ、五島列島へ戻っている。

 

西口の父親は漁業の経営を目指していたが、稼いだ金と親類の出資で、アジ・サバ漁の船2隻を持つことに成功し、島の有力者となった。

 

昭和16年、父親が別府市に温泉旅館を一軒購入し、旅館経営を始めるため、家族は大分県別府市に転居。

 

中学に上がるころ、五島列島には江戸時代より隠れキリシタンの伝統があり、西口死刑囚も中学からは福岡市にあるミッションスクールに入れられている。(西口死刑囚が通っていたのは、中央区輝国にある泰星中学(現在は上智福岡に改名)か西南学院)

 

だが、西口死刑囚は戒律の厳しい寮生活に耐えきれず、3年の2学期に中途退学し、家出。詐欺・窃盗を行い、岩国の少年刑務所に入れられた。

 

昭和20年8月、終戦の翌日に出所すると、今度は昭和23年から3年間、恐喝事件で服役。

 

少年時代の西口彰死刑囚の生い立ちは中学3年から犯罪を犯しては服役の繰り返しだった。

 

そして昭和27年から5年間、詐欺事件で服役。昭和34年から3年間、やはりまた詐欺事件で服役している。


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西口彰の子供や家族は?

西口彰死刑囚は昭和21年10月、20歳のときに福岡県の女性と服役の合間に結婚。

 

その後、昭和22年6月に長男が出生するなど西口死刑囚には3人の子供がいた。

 

36歳のころ別府刑務所を出た西口死刑囚は、妻子を別府市の実家に預け、福岡県行橋市に住みトラック運転手になったが、1年あまりしか続かなかった。

 

そしてついに西口死刑囚は昭和38年10月18日、日本専売公社(現JT)の集金車を、福岡市近郊で襲って指名手配。妻、子供の家族を残して逃亡劇が始まる。

 

西口死刑囚の長男は、拘置所時代に父が殺人犯だったと知り、学校にも行かずグレたといい、それを妻からの手紙で知った西口死刑囚は獄中で号泣したとされている。

 

『俺のような人間の真似をするな!』と便箋20枚に書き、西口死刑囚は長男に送った。

 

その後、長男も立ち直って21歳で結婚したとの知らせが来て非常に喜んでいたという。

 

そして実母は獄中時代に死亡。これを聞いた西口死刑囚は「母よりあとに逝けるのが唯一の救いです」 と囁いたという。


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西口彰 事件のテレビドラマは陣内智則が本人役を演じる

指名手配された西口彰死刑囚は逃亡。その間、ギャンブルで21万円も稼いだり、カトリック教会のミサにも参加。

 

それでも岡山、神戸、大阪、京都、名古屋、静岡と、西口死刑囚は「京都大学教授の高橋」と名乗りながら逃げ続けた。

 

逃亡中も犯罪を犯し続けた西口死刑囚は、最後に被害者の弁護士バッジを奪って熊本県玉名市の立願寺に出現。

 

当時、教誨師でもある住職の古川泰龍氏は、戦後間もなく福岡で起きた殺人事件を冤罪と見て、再審請求運動を行っていた。

 

これを助けたいと、弁護士になりきった西口死刑囚は申し出たのだ。

 

しかし、西口死刑囚の顔が交番に貼られている指名手配の写真だとそっくりだと告げたのは、小学5年生の古川氏の三女るり子さん(当時11歳)。

 

最初は「失礼なことを言うな」とるり子さんをたしなめた古川氏だったが、西口死刑囚は卒業したはずの東大の著名な法学部教授を知らず、弁護士なら誰でも知っているはずの弁護士団体の名前も間違えていた。

 

次第に怪しく思った古川氏は、ホクロの位置まで指名手配犯と一致していることを確かめて、警察に通報。

 

ようやく駆けつけてきた刑事は、弁護士を装う西口死刑囚の堂々たる態度に、人違いではないかと逮捕するのをためらったが、指紋を確認して逮捕に踏み切ったのだ。

 

この事件のストーリーをテレビドラマ化。実在の人物・西口彰死刑囚をお笑い芸人の陣内智則が演じた。

 

2014年10月12日に「Mr.サンデー」が事件をテレビドラマ化したのを陣内智則が演じたが、映像は西口死刑囚が読んでいた本とか、服装や帽子の形とか、全部が50年前の当時のまま再現していたので相当リアルにできていた。

 

また、西口彰事件を映画化したのには緒形拳氏が、1984年のテレビドラマでは根津甚八氏が当人役を演じている。

 

結局、本人・西口彰死刑囚は1970年12月11日、福岡拘置所で死刑執行され、もうこの世の中にいないが、最後に残したのが「遺骨は別府湾に散骨してください、アーメン」という言葉だったそう。


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