岡田有希子の真相 遺書に峰岸徹の名前が!外国人が持ち去っていた!?

岡田有希子 画像

12月2日放送の「爆報!THE フライデー」は【あの昭和スターの謎が明らかに!2時間SP】と題して、1986年に他界した岡田有希子さんの真相に迫る。

 

亡くなるの直前まで岡田さんと一緒にいた事務所の元専務・福田時雄氏がその一部始終を告白。衝撃の新事実が明らかになるということだが・・・

 

ネット上では、どうせ大したことない事実だろ?というのが大方の見解だ。

 

ただ、番組が岡田さんの周辺を調査すると、事務所の金庫に保管されていた岡田さんのグッズや資料が謎の外国人に持ち去られていたことが判明したということだが、金庫には遺書が入っていたはず。

 

遺書といっても岡田さんが生前に書き残したノートだそうで、亡くなった俳優の峰岸徹氏の名前が書かれたノートだとか。

 

その行方を追跡し、紛失事件の真相も明らかになるというが、なぜ外国人がそのようなものを持ち去ったのか。

 

おそらくその辺りのことまでは分からないのだろう。


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岡田有希子の真相 遺書に峰岸徹の名前が!

岡田有希子さんは1984年、サンミュージックから、アイドル歌手としてデビュー。芸能界での目標は「松田聖子や山口百恵のような、日本を代表するトップスターになること」だった。

 

すぐさまトップアイドルの座に上り詰めた岡田さんだったが、絶頂期を迎えた1986年4月8日にサンミュージックの屋上から自害を図ったのだ。

 

すると、岡田さんの報道に端を発した若者のファンが相次いで後追いし、この件に関しては大きな社会問題にもなった。

 

結局、岡田さんが自害を図ることとなる真相は何が原因だったのか?当時は様々な憶測が飛び交うことになる。

 

岡田さんはTBSドラマ『禁じられたマリコ』で共演した俳優の峰岸徹氏にもてあそばれたとか、峰岸氏の子供を妊娠したとか、それらが原因だったかのような憶測や噂が飛び交った。

 

さらには岡田さんが神田正輝の子を身ごもったため代わりに峰岸氏が責任を負うはめになったなど、あらぬ噂まで立つ始末。

 

ところが、岡田さんが残していた遺書のような日記風のノートが発見され、それを読んだサンミュージックの相澤社長の見解で亡くなった真相が理解できたという。

 

そのノートには、峰岸徹氏の名前はもちろんのこと、岡田さんが峰岸氏を思い、そのことがうれしくて、喜ぶさまがつづられていたとか。

 

一方で、その恋は成就することがないと判断し、真綿でクビを絞められるような苦しみが克明につづられていたという。

 

事の真相は岡田さんが峰岸氏に恋焦がれ、叶わぬ愛を持ち続けて行為に及んだということだろうか。


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岡田有希子の遺書を外国人が持ち去った?

相澤社長の話では岡田有希子さんは仕事や恋に悩み鬱病を患っていたとか。

 

亡くなる日の早朝、岡田さんは自宅で自害を図ったが、未遂に終わった。危険を察した事務所は岡田さんを事務所に連れて行ったという。

 

おそらく連れて行ったのは当時のマネージャーだった溝口氏だろう。

 

溝口氏は岡田さんが亡くなった後、事務所の後輩・酒井法子のマネージャーに就任しているが、溝口氏も2002年7月に事務所のトイレで患っていた持病の糖尿病を苦に命を絶っている。

 

なので、溝口氏の件と岡田さんの件は関係ないと思うが、なぜ、外国人が事務所の金庫から岡田さんのグッズや資料を盗まなくてはならなかったのか。

 

事件後、サンミュージックは岡田さんのことについてあまり多く語られることはなかった。

 

それはいったいなぜなのか、亡くなる直前まで岡田さんと一緒にいた元専務・福田時雄氏がその一部始終を番組で告白する。


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