九重親方の死因は膵臓癌 激やせして余命5年説に勝てず! 鹿児島の病院から移っていた!

千代の富士 画像

元横綱・千代の富士の九重親方が、31日午後4時ごろ、東京都内の病院で亡くなった。享年61歳。

 

九重親方の死因は、去年6月に早期の手術を受けた「膵臓癌」だったことが判明。

 

手術は6月中旬から下旬にかけての時期に受け、約1カ月の入院治療の後、7月下旬には退院していた。

 

その後公の場に姿を現した九重親方は、誰もが驚くほどの激やせぶりにマスコミは「重病ではないか」と大騒ぎになったという。

 

膵臓癌は見つかった時にはすでに進行しているケースが非常に多く、手術したとしても余命5年と言われる病気だ。(5年生存率は極めて低く、3%とも5%ともされている。)

 

癌が再発し、重病説の噂があった九重親方の病状について、今月19日、都内でイベントに出席した次女でモデル・秋元梢は、報道陣から問いかけられたが、終始無言だった。

 

そんな九重親方は、これまで鹿児島の病院で放射線治療に取り組んでいることが一部で報じられていたが、31日、東京都内の病院で亡くなったのである。


Sponsored Link


九重親方の死因は膵臓癌 激やせして余命5年説に勝てず!

今月に入り、九重親方の病状について、抗がん剤治療を行わず、放射線治療に取り組んでいることが一部で報じられた。

 

19日、都内でイベントに出席した次女でモデル・秋元梢は、「膵臓癌」で闘病中と報じられていた父の病状について、報道陣から問いかけられたが、終始無言だったという。

 

それだけ九重親方の病状は深刻だったのに違いない。

 

死因となった膵臓癌はすべての「癌」の中でも最も恐ろしい「癌」とされており、発見が難しく、見つかった時にはすでに進行しているケースが非常に多い。

 

早い段階でリンパ節に転移してしまう可能性が高く、切除手術が成功しても、約7割が再発するとも言われるのが、この病気の特徴である。

 

結局のところ根治には外科手術で病巣を完全に切除するしかないが、手術したとしても5年生存率は極めて低く、3%とも5%とも言われ、「余命5年説」とされる重病だ。

 

手術後の九重親方は驚くほどの激やせぶりだったが、それでも元気な姿を見せていたこともあった。

 

だが、さすがに最後は病気に勝てなかった。


Sponsored Link


九重親方は鹿児島の病院から東京の病院に移っていた

死因となった九重親方の「膵臓癌」は、年に1度受けていた健康診断で発見されたという。

 

都内の大学病院で毎年、誕生月の6月に健康診断を受けており、そこで膵臓癌が見つかったとか。

 

すぐに入院して、摘出手術を受けたが、さらに検査を進めると、他の部位にも転移していることがわかったそうだ。

 

膵臓の手術を行った病院は日本の医療の最高峰といっていい病院だったが、手術ですべての病巣を取り除くのは難しいと判断された。

 

そこで、医師は抗がん剤治療をすすめたが、九重親方はそれを保留し、セカンドオピニオンを求めたという。

 

抗がん剤治療は、「癌」の転移などによって手術による病巣の除去が難しい場合や、手術の前に少しでも病巣を小さくしておく目的で行われるのが一般的だが、抗がん剤は「癌」以外の正常な細胞にも作用してしまうため、激しい副作用を伴うことが多い。

 

そこで九重親方が頼ったセカンドオピニオンが、「UMSオンコロジークリニック」だった。

 

UMSがあるのは鹿児島市で鹿児島空港から車で40分ほど。県内一の繁華街にほど近い場所にある、6階建てのこぢんまりした建物とのこと。

 

九重親方はまず、UMSで治療が可能かどうか、病気の画像データなどを持参して相談したらしく、病院は抗がん剤を多量に使用しなくても治療する方法があると提案したという。

 

そこで、今年に入ってから全国でここしか行われていない「四次元ピンポイント照射療法」という放射線治療を受けることになり、九重親方は今年の年明け頃から通い始めて、数か月に1度、1週間程度泊まりがけで鹿児島の病院に通っていたという。

 

大酒豪で知られた九重親方だが、「膵臓癌」が発覚して以降、激やせするもアルコールは一滴も口にしておらず、まさに現役時代さながらの不屈の闘志で癌と闘っていた。

 

しかし、「余命5年」と言われる病に勝てず、最後は東京都内の病院で亡くなった。


Sponsored Link


▲トップへ戻る