YOSHIKIと工藤静香の破局理由はフライデー?父親が亡くなった原因は?

YOSHIKI 工藤静香 画像

X japanのYOSHIKI(52)と工藤静香(42)の交際は、1994年にフライデーが報じたことで発覚したが、2人にとっての破局理由もフライデーが原因となったようだ。

 

交際を報じたフライデーの記事によると、工藤静香は的場浩司との破局後にYOSHIKIと親密な関係になったと書かれている。

 

当時、YOSHIKIはロスで生活しており、工藤は約2カ月間YOSHIKIの自宅に入れ浸りだったという。

 

そんなある日、2人は、ロスの日本料理屋で行われたパーティに出席。

 

帰る頃にはかなりの酒が入っているにもかかわらず、そのまま車を運転して店を後にしたそうだ。

 

結局、この飲酒運転でYOSHIKIが逮捕され、同乗者に工藤がいたことから日本のマスコミに交際が発覚。

 

YOSHIKIは工藤との交際を認め、フライデーには成田空港へ帰国した工藤の写真が掲載された。

 

そして、その後も2人の関係は続いていたが、いつの間にか破局している。

 

破局理由はYOSHIKIの浮気だったらしく、激怒した工藤はYOSHIKIと別れてキムタクと交際。

 

工藤はキムタクと2000年に結婚し、2人の娘を出産するなど幸せな結婚生活を送っていたが、現在はというとSMAP解散騒動の元凶と言われ、波紋を広げることとなった。


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YOSHIKIと工藤静香の破局理由はフライデー?

YOSHIKIが飲酒運転とスピード違反をして逮捕されたのがきっかけで、2人の交際が発覚した。

 

YOSHIKIの運転するフェラーリに工藤静香が同乗していたことがフライデーに伝わり、2人は交際を認めたのである。

 

当時の工藤はというと、恋愛に現を抜かして仕事を休みがちに。所属していた事務所「プロダクション尾木」を追い出される形となり、2015年に退社した。

 

その後工藤は個人事務所設立を余儀無くされることとなるが、社名を決めるのにYOSHIKIからアドバイスを受けたという。

 

工藤の事務所にはYOSHIKIが好きな赤色からレッドゾーン、工藤の好きな青色からブルーゾーンが社名の候補に挙がった。

 

悩んだ結果、2色を混ぜたら紫色になることから「パープルにする?」となって、現在の事務所「Purple Inc.」が誕生したそうだ。

 

そして交際は順調に進み、結婚は秒読みかと思わていたのだが、2人の別れは突然訪れた。

 

1996年1月、工藤が、「彼とはもう会っていない」と突然の破局宣言をしたのである。

 

破局理由は数カ月前にフライデーが報じた記事だったとか。

 

YOSHIKIが別の外国人女性と熱愛していることをフライデーが報じたことで、YOSHIKIの浮気が工藤にバレたのだ。

 

結局、破局理由はYOSHIKIの浮気ではないかと言われているが、真偽のほどは定かでない。


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YOSHIKIの父親が亡くなった原因は?

YOSHIKIの出身は千葉県館山市。呉服屋の長男として誕生し、元俳優の林光樹(47)は弟にあたる。

 

余談だが、工藤静香はYOSHIKIと破局後にキムタクと結婚して2人の娘を産んだが、次女にはYOSHIKIの弟と同じ名前を付けている。

 

長女の心美はキムタクが付け、次女には自分が付けると言って光希という名前を付けたという。

 

漢字こそ違うが読み方は同じ”ミツキ”。果たして偶然だったのだろうか?

 

話は戻り、YOSHIKIは裕福な家庭環境で育ったが、幼少期は体が弱く、小児喘息を患い入退院を繰り返していたという。

 

4歳でピアノを始めたYOSHIKIは、両親から愛情を一身に注がれ、過保護に育てられたそうだ。

 

そのころの父親はよくジャズピアノを弾いていたといい、YOSHIKIは父親が買ってくれるクラシックレコードで音楽への興味を広げたという。


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また、父親はYOSHIKIの誕生日には毎年、楽器を贈っていたそうだ。

 

だが、好きだった父も76年8月、34歳という若さで死去。YOSHIKIが10歳の時、突然帰らぬ人となった。

 

原因はいまだ分からないそうだが、父親は自ら命を絶ったという。

 

一説によると、父親は極度のアル中で浪費癖があったらしい。

 

亡くなった原因とそのこととが関係しているのかは分からないが、YOSHIKIは「悲しみでひたすら泣きわめいているだけだった」と当時を振り返っている。

 

その後、自身も自暴自棄になってしまう時期に支えとなったのが、父親が教えてくれた音楽だったという。

 

そして1993年に生まれたX japanの代表曲「Tears」は、いまだ原因が分からない父親との思い出を形にした曲だったと語っている。


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