豊田商事事件の黒幕と犯人(画像)の現在!出所後も真相は謎だらけ?

豊田商事 永野一男 画像

6月29日放送の「奇跡体験!アンビリバボー」は、日本を揺るがせた歴史的事件の裏側3と題して、1985年(昭和60年)6月18日に発生した「豊田商事事件」真相に迫る。

 

バブル全盛期に起こった豊田商事事件は、被害総額約2000億円という戦後最大級の詐欺事件としてメディアが大きく取り上げた。

 

だが、この事件で世間を震撼させたのは、詐欺のことではなく、会長の永野一男(当時32歳)が取材陣の前で命を奪われ、その様子がテレビで生中継されたことだ。

 

事件当日、永野会長の自宅マンションには30~40人くらいの報道陣が待機していたという。そして午後4時半ごろ、報道陣の前に2人の男が突然現れた。

 

豊田商事 画像

 

記者が「何しに来たのか」と尋ねると、「被害者から永野をやってくれと頼まれたんや」と主張。そして、1人の男が部屋のドアをドンドンと叩き、もう1人の男が窓ガラスを蹴破り、室内に押し入った。

 

このとき2人の行動を止めようとした報道陣はいなかったが、「やばい」と思い110番通報を別の部屋の住人に依頼した記者もいたという。(当時は携帯がなかったため)

 

そしてこの光景はワイドショーで生中継され、NHKではアナウンサーが「子供には見せないでください」と慌てて呼びかけていた。

 

犯人は自称右翼を名乗る男で、1人は自営業で名前が飯田篤郎(当時56歳)、もう1人が建築作業員で名前が矢野正計(当時30歳)画像あり。

 

犯行後、駆け付けた警察官に現行犯逮捕された。

 

また、当時の様子は写真週刊誌『FOCUS』が、動かなくなった永野の写真を掲載。世間に相当なショックを与えた。

 

後の裁判では飯田に懲役10年、矢野に懲役8年の実刑判決が下されたが、現在2人は釈放されている。

 

今回は謎だらけの「豊田商事事件」に関して、犯人に黒幕がいると言われている点や出所後、2人が何をしているのかなどについてまとめてみた。


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豊田商事事件の黒幕

謎の多い「豊田商事事件」の犯人は当時、鉄工所経営の飯田篤郎と、かつて飯田の下で働いていた建設作業員の矢野正計の仕業だが、黒幕の存在が噂されている。

 

犯行に及ぶ前の飯田は「被害者から依頼された」と言っていたが、逮捕後は、年金暮らしの独居老人を主なターゲット層として詐欺を働いていた豊田商事のやり口にいきどおりを感じてやったと供述。

 

言っていることが二転三転していること、明確な犯行動機が分からないことなどから「飯田に指示した人物がいる」との臆測が流れた。

 

結局は何も出てこなくて、警察は部外者の関与を否定。だが、証拠を見る限り、口封じ目的で永野の命が奪われたとも考えられる。

 

事件後、飯田には多額の借金があることが判明。飯田の鉄工場は競売にかけられる寸前だったが、事件後会社の口座に借金と同額程度の金が振り込まれていたという情報が報道されたのだ。

 

他にも永野会長は政治家と付き合いがあったため、裏献金を受け取っていた可能性が浮上。その政治家が圧力をかけたとの推測が持ち上がった。

 

黒幕候補はさらに宗教団体にまで及んだ。永野会長は宗教の会員で、団体に何千万とお財施をしていたと言われていれる。

 

詐欺容疑で逮捕寸前だった永野会長を口封じのため団体が飯田らに依頼したという説や、豊田商事の幹部らが手を組んで飯田らを雇ったという説があるくらい黒幕と噂される候補が多い。

 

もし永野が生きていれば法廷でいろいろなことを喋っていたはず。カネの流れも分かっていた可能性があっただけに、真相は闇の中へと消えてしまった。


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豊田商事事件の犯人(画像)の現在

1985年(昭和60年)6月18日に発生した「豊田商事事件」。現場となったのは永野会長の自宅マンション。住所は大阪市北区天神橋三丁目である。

 

問題のマンションは事故物件として現在も存在。建て壊されてはないようだ。

 

※犯人の飯田篤郎(左)と矢野正計(右)画像

豊田商事事件 犯人 画像

 

そして、犯人の飯田篤郎は、後の裁判で「現場に詰めかけた報道陣にあおられて矢野がやった」と主張。矢野正計も「実際に永野会長をやったのは自分ではなく飯田の方だ」と主張し、お互いに罪のなすり合いをした。

 

飯田と矢野は40人程の報道陣の前でドアを叩き怒鳴りちらしていたが、満足して「どんなもんだ」と言うような顔を報道陣に向けたという。

 

すると「なんだそれで終りか」「あの窓からは入れるぞやっつけに来たんだろう」と報道陣にあおられ、引っ込みがつかなくなって犯行に及んだ可能性がある。

 

裁判では「残虐で社会的影響の大きな犯罪だが、詐欺商法に対する義憤が主な動機で、同情の余地がないとまで断定できない」と述べ、飯田を懲役10年、矢野を懲役8年の判決が下った。

 

「豊田商事事件」は30年以上も前の事件。現在の2人はとっくの昔に釈放され、普通の生活に戻っている。

豊田商事事件の犯人 出所後は?

主犯として懲役10年の判決を受けた飯田篤郎は現在86歳、出所後は近畿地方のある都市で、3DK約7万円のアパートに暮らしているそうだ。

 

飯田の妻は70代で現在も一緒だとか。入院していたこともあったようだが、今は元気だという。

 

一方、共犯として懲役8年の判決が下った矢野正計は現在60歳。同じ刑務所で服役していた男の証言によると、「毎月、母親が1万円ほど送ってきてた。“俺は刺してへん”が口癖やったな」と話す。

 

出所後は大阪市内で生活していたが、5年ほど前に中国地方へ引っ越したとか。

 

大阪時代の知人は「事件を起こしたのは皆知ってました。20ほど年の離れたえらいべっぴんさんと結婚して子供が5人おったわ。ここでは麻雀店を切り盛りしとった」と打ち明けていた。


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