吉展ちゃん事件の犯人 小原保は冤罪?家族の因縁が動機で創価学会員だった!?

吉展ちゃん事件 画像

7月7日放送の「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」は、大人気企画「北村晴男弁護士と相棒元監察医・上野正彦の本当にあった事件簿!」の中で、1963年(昭和38年)に起こった「吉展ちゃん事件」を特集する。

 

「戦後最大の誘拐」と言われた「吉展ちゃん事件」だが、当時は営利目的の誘拐事件が少なかったことや警察のミスもあり、捜査は難航。そのため犯人逮捕まで2年3ヶ月の歳月を要した。

 

そして捜査が難航する中で事件を解決に導いたのが、「落としの八兵衛」の異名を取る平塚八兵衛刑事。

 

平塚刑事が解決した事件の中には冤罪が囁かれている事件もあり、「吉展ちゃん事件」も冤罪の可能性がなくもないが、犯人の小原保を自供へと追い込んだことでひとまず事件が解決した。

 

この事件は、戦後初めての誘拐殺人事件だったことや事件をきっかけに刑法が新設されたこと、犯人を取り逃がしたこと(後に起こった狭山事件でも警察は犯人を取り逃がしている)の理由から、50年以上経った今でも語り継がれ、かつてはテレビで何度も取り上げられたり、泉谷しげるが犯人役でドラマ化されたりしたことでも有名になった。

 

また、逆に「吉展ちゃん事件」が悪用されたケースも。

 

犯人の小原保が「自分は創価学会の信者だ」と語ったことに関係しているのか分からないが、統一協会が霊感商法で「吉展ちゃん事件」を霊感トークに使用。

 

被害者・吉展ちゃんの先祖が犯人・小原の先祖の命を奪っており、その因縁で小原が吉展ちゃんの命を奪ったというストーリーを作成し、霊感商法の客に「霊界因縁」を信じさせる材料にしたのだ。

 

だが、実際のところ、小原の動機は営利目的。動機が因縁だったことは統一協会によって作り出された話だったのである。


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吉展ちゃん事件の犯人 小原保は冤罪?

「吉展ちゃん事件」は1963年(昭和38年)3月31日、東京台東区入谷町の村越吉展ちゃん(当時4歳)が自宅前の入谷南公園に遊びに行った際、何者かに連れ去られた。

 

4月6日、犯人は吉展ちゃんの母親を自宅近くの「品川自動車」に呼び出し、身代金50万円を奪って逃走。約束では身代金を受け取った後、吉展ちゃんは開放されることになっていたが、戻ってくることはなかった。

 

後に分かったことだが、吉展ちゃんは誘拐されたその日に亡くなっていたのである。

 

※吉展ちゃん事件の犯人・小原保の写真

 

吉展ちゃん事件 犯人 小原保 写真

 

1965年7月、窃盗事件で前橋刑務所に服役中の元時計商、小原保(当時32歳)が、取り調べ中に吉展ちゃん誘拐に関与したことを自供。

 

小原は吉展ちゃんが誘拐された直後、犯人の疑いがあるとして5月21日から3週間に渡り、警察で取り調べを受けたが、逮捕されずに釈放されていた。

 

理由は、右足に障害を持っているため。犯人は吉展ちゃんの母親が身代金を置いて警察が到着するまでの3分間に奪って逃走していた。

 

足の不自由な小原がそんな早く金を奪って逃走できるかに疑問があった。

 

その他にも小原のアリバイが捜査を難航させた。小原は、吉展ちゃんが誘拐された日は故郷の福島に帰省していたと供述。警察は小原のアリバイを崩せなかったのである。

 

そのため事件から丸2年経って下谷北署の捜査本部は一旦解散となった。

 

だが、これで捜査を終了したわけではなかった。警視庁捜査1課に少数の捜査員を残し、捜査を継続。そしてここで平塚八兵衛刑事に白羽の矢が立つ。

 

平塚刑事は警官として交番勤務だったころ、検挙率が警視庁管内でナンバー1になり、その後、本庁に引き抜かれ、捜査1課に配属。以来、巡査部長、警部補、警部、警視といずれも無試験で昇進した人物。

 

数々の難事件を解決する優秀な刑事であったと評価される一方で、担当した三億円事件を迷宮入りさせた人物、帝銀事件では冤罪の可能性が指摘されるなど賛否両論ある。

 

その平塚刑事が犯人の小原のアリバイを崩して自供に至らせたのだが、この事件にも冤罪説がひそかに囁かれている。

 

足の不自由な小原が3分間に身代金を奪って逃走できるかに疑問があった。

 

しかし、小原が吉展ちゃんの隠し場所を自供したことで冤罪説は消え去った。自供した通りに荒川区南千住・円通寺の墓石の下から吉展ちゃんが発見されたのだ。

 

事件解決のカギとなった吉展ちゃんの隠し場所。

 

現場の検死に行ったのが、元監察医の上野正彦氏で、「発見された吉展ちゃんは、死後変化が激しく個人識別もできないほどだった」と語っている。

 

さらには、吉展ちゃん口の中から「ネズミモチ」という植物が3本発芽していたという。

 

ネズミモチはモクセイ科の常緑灌木で、種子が発芽するのに2年かかるという特性があり、犯行時に種子が口の中に入りこんだと推測され、犯人の自供が嘘ではない証明になった。


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吉展ちゃん事件は家族の因縁が動機で創価学会員だった

「吉展ちゃん事件」の犯人・小原保は、1967年(昭和42)最高裁で死刑が確定し、1971(昭和46)年12月23日、刑が執行された。

 

小原は死刑を執行される直前、看守に、「私は今度生まれるときは真人間になって生まれてきます。どうか、平塚さんに伝えてください」と言い残した事も有名である。

 

この言葉は小原の故郷・福島県石川郡の実家へ平塚刑事が出向いた時に母親が土下座して「私は保をそんな人間に育てた覚えはないが、もし保がやっているんなら、早く真人間になって本当のことを言うようにいってやって下だせえ」と、頼んだ言葉だった。

 

小原が自供したのは、小原の母親がしたように平塚刑事が床に土下座して「早く真人間になって本当のことを言え!」と言ったことがきっかけ。それから間もなくして小原は落ちたのだ。

 

そしてこの事件は過去に宗教団体「統一協会」の霊感商法に用いられたことで問題になったことがある。

 

統一協会による霊感商法裁判で「吉展ちゃん事件」を霊感トークに使っていることを信者だった被告が認めたのだ。

 

犯人の小原が創価学会員だったことをもとに作ったかは不明だが、この霊感商法「吉展ちゃんトーク」と呼ばれ、20年近く前から使用が伝えられていたもの。

 

小原の動機は商売で借金した穴埋めのためだったが、統一協会は事件をもとに、吉展ちゃんの先祖が犯人の先祖の命を奪い、その因縁で犯人が吉展ちゃんの命を奪ったというストーリーを作成。

 

霊感商法の客に「霊界因縁」を信じさせる材料にしてきたという。


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