真瀬樹里と真剣佑は野際陽子の子供?事務所を移籍して仕事急増か!?

真瀬樹里 画像

数多くの人気ドラマで人気を博した女優の野際陽子さんが、2017年6月13日に「肺腺がん」のため、他界した。享年81歳。

 

野際さんといえば、昔はNHKの人気女子アナだったが、1962年、フリーに転身。

 

翌年に女優デビューし、1968年から放送が始まった「キイハンター」に出演したのをきっかけにブレイクした。

 

また、野際さんは、このとき共演した千葉真一(79)と1973年に結婚し、1975年に長女を出産。

 

それが女優の真瀬樹里(43)で、父親が同じ俳優の真剣佑(21)とは異母兄弟ということになる。

 

真剣佑の父親が千葉真一なので母親も野際さんと思っていた人がけっこう多かったらしく、そのためよく子供は何人いるの?と疑問を持たれていたという。

 

そして野際さんと千葉真一は1994年に離婚。以来、浮いたウワサが無いまま独身を貫いていた。

 

3年前にがんが発覚するも最後まで闘病を隠していたという野際さん。

 

その間、ひそかに“終活”を始めていたといい、同じ事務所だった娘の真瀬樹里を別の事務所に移籍させようと頼み込んでいたそうだ。


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真瀬樹里と真剣佑は野際陽子の子供?

野際陽子さんはなぜ独身を貫いていたのかは分からないが、 若い頃の野際さんといえば、知的な雰囲気と抜群のスタイルで、たちまち人気者となった。

 

日本にミニスカートを流行らせたのも、野際さんが若い頃にミニスカートをはいたのが、きっかけだと言われている。

 

そんな野際さんはもともとNHKのアナウンサーで、1962年、フリーに転身。

 

1966年には学生時代からの夢であったパリに留学した。

 

そして1年後の1967年3月、留学先のパリから帰国した野際さんが飛行機から降りてくると、その時代には見慣れないミニスカートをはいていたという。

 

このとき、待ち構えていた報道陣は一同騒然となったらしく、野際さんについて「戦争中のもんぺをはいた世代として、ミニスカートは自由と平和の象徴だった」と語っている。

 

野際さん自身も「ずっと日本にいたらはかなかったかもしれない」と話しており、以来ミニスカートを取り入れた最新ファッションは世間から注目を浴びた。

 

そして野際さんは帰国して1年後の1968年、ドラマ「キイハンター」に出演し、共演した千葉真一と1973年に結婚。

 

その後、野際さんは娘の樹里を授るが、当時の年齢は38歳11か月。これは当時の芸能人の高齢出産最高齢記録だった。

 

それからしばらく夫婦生活は続いたが、千葉の事業失敗で多額の借金を抱える。

 

また設立した芸能事務所「JAC」の経営が行き詰まり、千葉はほとんど家には帰らなくなったそうだ。

 

結局、1994年に2人は離婚。

 

当時は借金から逃れるための「偽装離婚」と言われたが、本当はアメリカに行って俳優をやりたい千葉と、日本で女優を続けたい野際さんとの意見の食い違いが離婚に繋がったという。

そして1996年に千葉は28歳年下の玉美さんと再婚し、2人の子供を授かる。

 

真剣佑はそのときの子供で、前妻だった野際陽子さんとの間に授かった真瀬樹里は腹違いの姉となる。

 

また、真剣佑といえば、隠し子の存在が報じられたが、一説によると密告したのは真瀬樹里だったという噂だ。

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『ここまで知っていて、こんな暴露をするのは樹里なんじゃないか』と‥‥」と千葉が疑っていたらしい。

 

樹里は千葉が真剣佑を売り出しにかかっていたのが気に食わず、『真剣佑に嫉妬している』と千葉は感じていたというのだ。

 

さらに、真剣佑の記事のことで樹里は取材を受けたらしく、そのときに「何年も会っていない」とコメントを寄せていたらしい。

 

だが、これらはあくまでも噂なので真偽のほどは不明。

 

話は戻って、千葉は玉美さんとも2015年11月に離婚している。

 

2010年ごろから弁護士を通して離婚協議していたといい、長男の真剣佑の親権は千葉が、次男の親権は玉美さんが持ったそうだ。


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真瀬樹里 事務所を移籍して仕事急増か!?

野際陽子さんは「キイハンター」や「ずっとあなたが好きだった」など数多くの人気ドラマに出演して人気を博した。

 

初めて肺腺がんが発覚したのは、昼ドラ『花嫁のれん』に出演していた2014年。

 

幸い早期発見だったため、手術は成功したのだが、翌15年2月、がんが再発したという。

 

手術からわずか2か月後にがんが再発している事が発覚し、再手術をするのだが、術後は肺がかなり小さくなってしまい、すぐに息切れを起こす状態。

 

退院時には酸素吸入器を携行していたほど体調は思わしくなかったが、野際さんは弱音を吐くことは一切なく、仕事を休むこともしなかったそうだ。

 

それからわずか3ヶ月後の2015年夏、3度目のがんが再発。

 

これ以上肺を取り除く手術はできず、最後の手段として抗がん剤治療がはじまったという。

 

奇跡的に抗がん剤治療の副作用がほとんど出ず、がんは消えて仕事に復帰。

 

そこから1年は再発することがなくドラマに出演し続けたが、2016年の秋、4度目のがんが発覚。

 

今度は抗がん剤の効果もなく、次第に身体をむしばんでいったそうだ。

 

そして2017年5月、ドラマ『やすらぎの郷』に出演していたときに肺炎を併発して入院。

 

野際さんはがんを患っていることを仕事の関係者には内緒にしていたので、ドラマ共演者で病気のことを知っている人はほとんどいなかったとか。

 

また、闘病と同時に3年前からひそかに終活を始めていたという。

 

野際さんの事務所はもともと、親交があった丹波哲郎さんの事務所で、野際さんは丹波さんの事務所を引き継いでいたそうだ。

 

だが、闘病で自分が最前線で活動できなくなることを見越して、事務所に所属するタレントにはほかの事務所にスムーズに移籍できるように、野際さんが手を尽くしていたという。

 

さらに自分の娘の真瀬樹里にも事務所の移籍を手配。

 

結局、大手芸能事務所・レプロエンタテインメントに移籍することになり、仕事が増えるきっかけに。

 

野際さんは新しい仕事をセーブしていたという。


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