寺田農 裁判した尾台あけみとは事実婚関係!元妻との離婚も再婚も隠していた!

寺田農 画像

3月24日放送の「爆報!THE フライデー」は俳優・寺田農氏(74)との不倫を暴露し、裁判沙汰にもなった尾台あけみ氏(60)が登場する。

 

不倫を暴露され、裁判で訴えられた寺田氏は、1970年に元女優の高橋紀子氏と結婚し、2006年に離婚。

 

尾台氏は寺田氏が妻の高橋紀子氏と離婚する前から交際し、10年近く事実婚状態にあったことを告白している。

 

尾台氏は2人の離婚を待つ形で、2003年から自分の息子と3人で目黒区のマンションで同居。

 

毎年『今年こそ、今年こそ結婚しよう』と言ってくれる寺田氏の言葉を信じていたのだという。

 

しかも正月になると、2人は千葉県にある尾台氏の実家にもでかけ、「籍を入れられるように」と兄弟、親族皆が寺田氏をもてなし、入籍を楽しみにしていたそう。

 

だが、状況は一変。2012年3月に尾台氏は「裏切られた」として、寺田氏の訴訟に踏み切ったのだ。

 

一体、2人に何があったのか、また尾台あけみ氏と寺田農氏は何故別れたのか。

 

今回は、尾台あけみ氏の男性遍歴や、寺田農氏を裁判所に訴えた理由などについて迫ってみようと思う。

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寺田農 裁判した尾台あけみとは事実婚関係

尾台あけみ氏の男性遍歴は、寺田農氏に限ったことではない。

 

かつて尾台氏は結婚、離婚を経験しており、息子もいる。

 

息子の名前は尾台未来氏で、以前は母親と一緒にテレビにも出演していたが、最近は見かけなくなった。

 

その他にも寺田氏と知り合う前にはミュージシャンの故・桑名正博氏の愛人でもあったとか。

 

このことは桑名氏の妻も、息子の美勇士氏も知っていたことだが、桑名氏の妻が激怒したことををきっかけにふたりの関係は終わりを迎える。

 

その後、尾台氏は寺田農氏と交際をスタートし、事実婚状態に至るのだ。

 

(尾台あけみの画像)
尾台あけみ 画像

 

だが尾台氏と寺田氏は事実婚状態にあったにも関わらず、裁判沙汰にまで発展し、突然世間を騒がせた。

 

2人は2001年にテレビ番組の撮影で出会い、意気投合。間もなく交際が始まり、数カ月後にプロポーズされたという。

 

プロポーズは寿司屋のカウンターで『結婚しよう』と言われたとか。

 

当時、寺田氏は元女優の高橋紀子氏と結婚していたが、破綻状態にあると聞いていたため、その言葉を疑わなかったという。

 

そして2003年から尾台氏は、息子の未来氏と3人で目黒のマンションで同居を開始。

 

寺田氏は母親の看護のため半年で実家に移ったが、事実婚は続き家賃も寺田氏が払っていたという。

 

当然2人が結婚するものだと、尾台氏の親族の集まりにも寺田氏は婚約者として出席していた。

 

だが、尾台氏は思わぬ裏切りにあったと語る。

 

寺田氏が、35歳年下の一般女性と再婚したことを2010年12月のワイドショーで知ったのだという。

 

尾台氏は寺田氏が2006年に離婚していたことも知らなかったといい、「毎年のように籍を入れると言っていたのに、離婚も再婚も一切教えてくれなかった。裏切られた」として、「婚約不履行」を理由に慰謝料5,000万円と弁護士費用500万円を求めて東京地方裁判所に提訴した。

 

そしてこの裁判は2013年4月に和解という形で決着。

 

和解内容については双方が口外しないことで落ち着いたようだが、この騒動が原因で尾台氏は西麻布の料亭「京料理OCHA-YA 光仙 西麻布店」の雇われ女将をクビになった。

 

当時、尾台氏には各方面から同情の声が多く寄せられ、「知人や仕事の関係者などが集結して、尾台氏を『支える会』までもが結成されたそうだ。

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寺田農 元妻との離婚も再婚も隠していた

尾台あけみ氏が、寺田農氏を訴えたのは、35歳年下の一般女性と再婚したことを知ったからだった。

 

寺田氏の再婚相手は美術関係者だとか。

 

事実婚状態から籍を入れられると期待していた尾台氏からすると、裏切られたことになる。

 

さらに尾台氏は寺田氏が2006年に離婚していたことも知らなかったという。

 

寺田氏の元妻・高橋紀子氏は1964年公開の映画「ひばり・チエミ・いづみ 三人よれば」で銀幕デビュー。

 

その後も映画、ドラマで活躍。1969年度には制作者協会新人賞を受賞するなどして今後に期待がかかったのだが、1970年に寺田氏と結婚し、芸能界から引退した。

 

(高橋紀子の画像)
寺田農 元妻 高橋紀子 画像

 

また、尾台あけみ氏は千葉県館山の出身で実家はお寺。

 

昔から「お寺のあけみちゃん」で、檀家さんや近所に可愛がられて過ごしたという。

 

18歳から筑波サーキット・富士スピードウェイでレースドライバーとして活動。

 

スポーツ紙やテレビ等で話題になった尾台氏はその後、映像の中での車の演出に興味を持ち、カースタントの世界に入った。

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その一方で、西麻布の料亭女将として、幅広い交遊関係を持つなど経歴は多種多様。

 

テレビ出演の他に、ドラマ・映画等のカーコーディネーター兼カーアクションドライバーとしての顔を持つが、 騒動以降貯金ゼロ円の貧困生活だという。

 

裁判費用や家賃滞納で借金が850万。騒動が原因で家族からも絶縁された。

 

尾台氏の実家は田舎のお寺ということもあり、世間体を一番に気にするという。

 

裁判で訴えると言った際、尾台氏の兄は「気持ちはわかるが、田舎では裁判沙汰というのはお寺がするものではない!檀家さんには、俺が何とか言い繕うから、裁判だけは、表沙汰にするなんて、みっともない事だけはやめてくれ!」と、懇願されたとか。

 

息子も、わざわざ呼びつけて、尾台氏を説得するようにと諭していたが、尾台氏は頑固として兄の意見を拒否。

 

すると、最後には兄の口から出た言葉は「表沙汰にして、その上、裁判沙汰にするなら二度と帰って来るな!兄、妹の縁は切る。」「親の墓参りもするな!」。

 

結局尾台氏は、縁を切られる事を選んだのだ。

 

尾台氏と寺田氏がなぜ別れたのかというと、一言でいうなら寺田氏の裏切りだが、10年間という歳月は尾台氏にとって計り知れないほど貴重な時間である。

 

尾台氏は「10年間本当に愛していた、信じていた。それを心も身体も全部根こそぎ引きちぎったんですよ。突然に捨てていった」と話す。

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