堀島行真のスキー板 メーカーは?宇野昌磨と姉は大学同じで父親の職業は?

堀島行真 画像

韓国で開催中の「平昌オリンピック」に参加しているフリースタイルスキー男子モーグル・堀島行真選手(20)にメダル獲得の期待がかかる。

 

現在、中京大学に在籍する堀島選手は、フィギュアスケート男子の宇野昌磨選手と同級生。

 

これまでほぼ無名の選手だったが、昨年の世界選手権と今年1月のW杯で優勝し、にわかに脚光を浴びている。

 

今まさに勢いに乗っており、平昌オリンピックでもメダル候補として注目されている堀島選手だが、強さの秘密は一体どこにあるのか。

 

その裏にはまず、スキー板が関係している。

 

堀島選手が履いているスキー板は、一流モーグル選手から注文が殺到するほど大人気のメーカーで、日本男子4選手のうち3人がこのスキー板を履いているそうだ。

 

しかも、製造しているのは日本のスポーツ用品会社。

 

もともとフランス製ゴーグルの輸入販売を手がけていた社長が、モーグル女子元日本代表・上村愛子にスキー板を提供したのがきっかけで製造に乗り出したそうだ。

 

ほかにも幼いころから父親の行訓さん(56)の教えのもと、練習に励んでいたのが強さの秘密だという。

 

父親・行訓さんの職業は小学校の教員だが、インストラクターの資格を持っているそうで、幼いころから姉と共にスキー場へ通い、基本を習得したのだそう。

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堀島行真のスキー板 メーカーは?

メダル候補として注目される堀島行真選手が平昌オリンピックでメダルを獲得すれば男子モーグル初。

 

予選1回目を5位で通過しており、12日の決勝に期待が高まる。

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そんな堀島選手が履いているスキー板は、大阪府守口市に本社を置く「マテリアルスポーツ」というスポーツ用品会社が販売している。

 

世界の一流モーグル選手が、このメーカーのスキー板「Id ONE」を注文するくらい人気の商品で、2000年から現在まで、「Id ONE」のスキー板を履いた選手が獲得した金メダル数は五輪などを含め20個。

 

今シーズンはなんと、W杯初戦で表彰台に上がった男女6人全員が使用していたという。

 

もともと「マテリアルスポーツ」はゴーグルの輸入販売を手がけていた会社だが、なぜスキー板に携わったのかというと、社長が上村愛子に「合うスキー板を作ったろか」と口走ってしまったのがきっかけ。

 

当時、外反母趾(ぼし)で、スキー板が合っていないと感じていた社長が、上村と食事している時に酒の勢いで言ってしまったのだという。

 

すると上村からは、「コブを越えるときにペタペタする感じのスキー板を作ってほしい」とリクエストされたとか。

 

社長は言っていることを理解するのに苦しんだそうだが、それとは別に長野五輪で銀メダルを獲得したフィンランドのヤンネ・ラハテラ選手からも、「自分に合ったスキー板が欲しい」と相談されていたという。

 

そしてわずか2ヵ月後に試作品が完成。

 

コブを越えるときに雪面に吸いつくようなバランスと、ねじれとたわみのバランスを兼ね備えたモーグル用のスキー板が誕生したのだ。

 

結局、上村は00~01年シーズン、このスキー板を履いて自己最高のW杯総合2位に輝く。

 

その後、評判を聞きつけた世界のトップ選手から注文が殺到し、「Id ONE」はモーグル界最強のスキー板となった。

堀島行真と宇野昌磨は大学の同級生

堀島行真選手と宇野昌磨選手は中京大学の同級生だ。

 

岐阜県池田町出身の堀島選手は、岐阜第一高校から中京大学に進学。

 

愛知県名古屋市出身の宇野昌磨選手は、中京大学附属中京高校から中京大学に進学した。

 

共にスポーツ科学部に所属するが、2人が初めて言葉を交わしたのは昨年の5月とのこと。

 

堀島選手が大学のアイスアリーナでエキシビションをやっている宇野選手を見に行ったときに紹介してもらって、5分くらい話したという。

 

また、当時から宇野選手は有名だが、無名だった堀島選手のことは知らなかったとか。

 

知名度に差があることを痛感したらしいが、自己紹介し「競技で自分が頑張ってきていること」などを語ったという。

 

すると宇野選手は「覚えます」と笑顔で応じたそうだ。

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堀島行真の姉や父親の職業

堀島行真選手には堀島有紗選手という姉がいる。

 

弟と同じ中京大学でスキー競技部に所属するが、この春に卒業。

 

堀島選手と同じモーグル選手だが今回の平昌オリンピックには参加していない。

 

しかし、今回のオリンピックの出場は逃したものの、日本のトップで戦うほどの実力があるのでスポンサーがついている。

 

堀島有紗選手は「株式会社トラストノーツ」からウェアを提供されているのだ。

 

そんな姉も幼いころから弟の堀島選手と共に父親・行訓さんからスキーを教わり、小学校6年の頃にモーグル競技に出会ったという。

 

父親の職業は小学校の教員だが、インストラクターの資格を持っているので、きっちり基本を習得できたのが今に活きているのかもしれない。

 

一方、弟の堀島選手は小学生から、自宅のある岐阜・池田町から三重・桑名市に通うのが日課。

 

そこにはエアを磨くウオータージャンプ場があり、1日50本以上も飛んで肋骨(ろっこつ)が折れたこともあるという。

 

それでも関係なしに水に飛び込み続け、中学生になると自宅の駐車場に直径約7メートルのトランポリンを置いて跳んでいたのだ。

 

猛練習の甲斐があって、堀島選手は高校入学前からジュニア五輪で優勝するなど活躍。

 

岐阜第一高校でスキー部に入った頃には「オリンピックでメダルを取りたい」と口にしていたそうだ。

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