山本文郎の嫁 由美子は財産目当てで子供はいた?イタコで再会?

山本文郎 嫁 由美子 画像

1月25日放送の水トク!「世界の怖い夜…最後のイタコ&本当にあった呪いの物語」は、2014年2月に急逝した元TBSアナウンサー・山本文郎氏(享年79)の嫁・由美子夫人が出演する。

 

番組では、最後のイタコと呼ばれる松田広子の元を由美子夫人が訪問。

 

イタコの口寄せによって降りてきた山本アナの思いの言葉を聞き、涙する様子が放送される。

 

由美子夫人は2008年に山本アナと再婚。当時由美子夫人には、元旦那との間にできた2人の子供がおり、山本アナが養子縁組に。

 

当初、山本アナが73歳、由美子夫人が42歳だったこともあり、「31歳差婚」として話題になった。

 

また、周囲からは「財産目当て」「金目当て」という心ない言葉がとんだこともあったが、実際は、山本アナに貯金はなく、結婚指輪さえもらってなかったと話す。

 

今回は最期の言葉を話す間もなく逝ってしまった山本アナの思いをイタコが初めて告げる。

 

はたしてイタコが告げた山本アナの願いとは!?

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山本文郎の嫁 由美子は財産目当ての結婚?

文(ぶん)さんの愛称で親しまれた元TBSアナウンサー山本文郎氏が急逝したのは、2014年2月26日。

 

死因は「肺胞出血」で、千葉県内の病院で家族にみとられながら亡くなったそうだ。

 

突然のことだったらしく、亡くなる6日まえには東京・銀座のヤマハホールで行われた石田純一の娘・すみれのコンサートを嫁・由美子さんと観賞し、帰りにビアホールに寄ったほど元気だったとか。

 

しかし、帰宅後に頭の痛みを訴えて、翌日に入院。

 

それでも、数日後は見舞いに訪れた小学校の同級生相手に「まだ、死なねえよ。もうひと花咲かすから」と言っていたのだという。

 

ところがそのあとに容態が急変。突然苦しみ出し、最後はスーッと眠るように逝ったのだそう。

 

亡くなる前日には病床で「お前がいなけりゃ、俺は生きていけない」と話したといい、由美子夫人は「当たり前よ」と返したのだとか。

 

文さんと由美子夫人は2008年の7月に入籍。ふたりの年の差が31歳あったことから、世間でも話題になった。

 

しかし、周囲からは「財産目当て」「遺産目的」だと中傷されたこともあり、お金のためなの?という質問もよくされたそうだ。

 

由美子夫人は、「財産目当てのためにこれからまだまだ楽しめる人生を捧げられますか?介護漬けになるリスクだってあるんですよ。何でもやってあげたいと思える人だったから結婚したんです。自分が40代で、明日から介護になるかもしれない人と結婚するのは、やはり愛していないと無理ですよ」と、お金目的での結婚を否定した。

 

当然、文さんのほうが自分よりも先に逝ってしまうリスクも大きい。

 

しかし、ふたりにとっては、いかに楽しく人生を終えられるか、文さんに対して由美子夫人は何をしてあげられるだろうと真っ先に考えた。

 

「最期によかったと思えることをしてあげなきゃと思っていました」と語る。

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山本文郎と嫁の由美子に子供はいたのか?

元TBSアナウンサー山本文郎氏と嫁の由美子さんは再婚同士。

 

馴れ初めは、文さんがTBS時代に司会を務めていたラジオ番組に、由美子夫人の兄が出演していたことだった。

 

そんな縁もあって由美子夫人の1回目の結婚披露宴の司会を頼まれた文さんだったが、後に由美子夫人の離婚を年賀状で知り、久々の再会。

 

相談を受けているうちに由美子夫人の人柄に惹かれていったのだという。

 

当時の文さんはというと、1997年元日に嫁を脳梗塞で亡くして独身。最初の嫁との間には子供が1人、孫2人がいた。

 

文さんが亡くなるときは、長男・文明さん夫妻も駆け付け、由美子夫人と3人で最後をみとったという。

 

また、由美子夫人にも元旦那との間に2人の子供を授かっており、入籍する際には、当時息子で大学生の湧登さん(19)と高校生の賢人さん(17)を文さんは養子縁組にしている。

 

亡くなるときは、見舞いに来た2人に対し「お前たちの子供、孫を見るまでは死なねえから」と話していたそうだ。

 

結局、再婚してからの子供はいなかったが、文さんはたくさんの家族に恵まれこの世を去った。

 

しかも元嫁の眠る墓に納骨され、「お墓に待っている人がいる。私としては何もおかしいことだは思いません。

あちらで待っていて(山本さんも)さみしくないでしょう」と由美子夫人はいい、「前妻から渡されたバトンを手渡す気持ちです」と、文さん亡き後の決意を新たにする。

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