国松長官狙撃事件の犯人は中村泰?動機はオウムに関係?(2026最新)

1995年(平成7年)3月30日に発生した国松孝次長官狙撃事件は、日本を揺るがせた歴史的事件の一つです。
当時、日本警察のトップだった国松孝次警察庁長官が何者かに狙撃されたこの事件は、未解決のまま2010年(平成22年)3月30日に時効が成立。
現場などの状況からして警察は、オウム真理教による犯行と考えたものの、結局犯人を捕まえることが出来なかった。
しかし、この未解決事件の裏には、オウム以外に関与が疑われた人物がいる。
それは、1956年11月に銀行強盗に失敗して警官を撃って逮捕された中村泰が、国松孝次警察庁長官を狙撃した真犯人として浮上しているのだ。
しかもこの中村泰という男は、数々の未解決事件にも関与が疑われており、1995年7月30日に起きた「スーパーナンペイ事件」でも関与が疑われている。
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その中村泰は現在、別件で逮捕されて服役中で、その時に国松警察庁長官の狙撃を警察に自供したという。
犯行の動機はオウムと関係しているということだが、はたして中村泰が国松長官狙撃事件の真犯人なのか?
仮に犯人だったとしても、時効はとっくに成立している。
国松長官狙撃事件の犯人は中村泰?
1995年(平成7年)3月30日、全国の警察のトップ・国松孝次警察庁長官が何者かに狙撃され重傷を負った事件が発生した。
現場は、東京都荒川区南千住6丁目の自宅マンション。
国松長官が自宅マンションを出て車に乗ろうとしたところ、付近で待ち伏せていた男が拳銃を合計で4発発砲。
そのうち3発が国松長官の腹部などに命中した。
狙撃後、男は現場から自転車で逃走。
国松長官はすぐさま病院に搬送されたが、全治1年6ヵ月の瀕死の重傷を負うことになる。
なお、この事件は地下鉄サリン事件から10日後の出来事だった。
状況からして警察は、サリン事件を起こしたオウム真理教が関与した疑いが強いとみて捜査したが、初動捜査が甘かった。
事件発生後、警察は捜査の基本である聞き込みをあまりしていなかったというのだ。
また、事件を公安部が担当したことも解決できなかった理由の1つとされている。
公安部が担当するというのは、きわめて異例のこと。
本来なら刑事部が担当するところだが、当時は地下鉄サリン事件を抱えてて、手がいっぱいだった。
なので、公安部が担当することになったそうだ。
しかも、刑事部と公安部では、それぞれまったく捜査の手法が違う為、捜査を主導した公安部と支援した刑事部との間で情報が十分共有されなかった。
結果、「関与が疑われた人物の裏付け捜査が不十分となった」と指摘してされている。
では、裏付け捜査が不十分で、関与が疑われた人物というのは誰だったのか。
それが中村泰である。
※中村泰

中村泰は、東大在学中に学生運動にのめり込み、その後、革命テロを起こすための資金源を得ようと、1956年11月に銀行襲撃を計画。
しかし、当日、警察に職務質問されると、その警官をいきなり撃って、懲役20年の実刑判決を受けた犯罪歴がある。
出所後は、先物取引で1億円以上稼いだり、パスポートを偽装したりして、ニカラグアの内戦に参加しようとしたこともあった。
しかも、中村泰は2002年11月にUFJ銀行強盗で逮捕された際、国松長官の狙撃を自供している。
中村泰の供述には、真犯人しか知り得ない「暴露話」が複数あったというのである。
そのうちの一つとして、国松長官を狙撃した後、拳銃をバッグに入れたと供述。
実際、そのバッグの中には、犯行に使った火薬が検出されているのだ。
なので、中村泰の捜査をした刑事部では「絶対中村泰が犯人だ」と言っている人物もいるという。
やはり、国松長官狙撃事件の犯人は、中村泰で間違いないのだろうか。
警察は中村泰を事件の犯人として逮捕しようとしたが、上層部が待ったをかけたのだった。
国松長官狙撃事件の真相
未解決事件の一つである、国松長官狙撃事件の犯人は一体誰なのか。
この事件の真相として、中村泰の関与が疑われたが、警察は逮捕しなかった。
結果、未解決のまま時効が成立。
警察は、時効が成立した際の会見で、オウム真理教の名前を挙げ『教団グループによる計画的、組織的なテロ』との捜査結果を公表したのだった。

では、なぜ警察は犯人をオウムにしたかったのか。
この事件はトップが狙われたということで、警察としては威信をかけて解決したいところ。
なので、歴代の警察幹部が陣頭に立って捜査の指揮を仕切ったという。
ただ、縦社会の警察では、幹部がこういう組み立てでいこうとか、こいつが怪しいんじゃないかと言い出すと、なかなか現場の捜査員は、異論を唱えにくい。
当初からオウムの犯行と見ていく中で、それとは違った証言や供述が得られても、方向転換したりすることは、なかなかできなかったのである。
ちなみに、2004年には、国松長官狙撃事件との関与を供述した元巡査長や、オウム元幹部の3人が逮捕された。
しかし、供述が二転三転したこともあり、地検は、「実行犯であることには重大な疑問を抱かざる得ない」として、立件を見送ったのだ。
そしてその後も、警察は国松長官狙撃事件に関与した疑いがあるとして、オウムの信者だった平田信、高橋克也、菊地直子の3容疑者を特別手配したのだった。
国松長官狙撃事件の動機はオウムと関係?
国松長官狙撃事件の犯人が中村泰だったなら、犯行の動機は一体何だったのか。
中村泰はアメリカに居る頃、射撃場でハヤシ(仮称)という人物に会い、日本をよくするため二人で武装組織を結成していた。
世直しの手段は、テロを起こすことだったのだ。
そんな悪事をくわだてていた中村泰は、その後日本に帰国。
帰国後、テレビでオウム真理教を見て、その危険性を感じ取り、坂本弁護士一家事件を機に、オウムの拠点・第7サティアンを襲撃しようと計画したのだった。
しかし、テロを実行する前に地下鉄サリン事件が発生。
すると中村泰は、サリン事件に至ったのは無能な警察の責任であると考え、オウムの犯行とみせかけようと計画。
自分たちの手で警察のトップを始末し、オウム捜査をしっかりするよう警察にプレッシャーをかけることを狙ったという。
こうしたことを中村泰は、UFJ銀行強盗で逮捕された際、警察に自供していたのだ。
結局、犯行動機は、オウム真理教の存在と、警察との関係に腹を立てたことだった。
だが、当の警察はというと、中村泰を逮捕しようとしたところ、上層部が待ったをかけたのである。
上層部がなぜ待ったをかけたのかというと、「中村泰の共犯者とみられるハヤシを見つける必要がある」と言ったそうだ。
結局そんなこんなでハヤシが見つからないまま、時効が成立。
時効成立の会見で上層部は、「犯人はオウムである」と決めつけたのだった。














