井村雅代と金子正子に確執?中国のコーチになった理由は報酬に釣られたから!?
リオ五輪シンクロナイズドスイミングのデュエットで、日本の乾友紀子(井村シンクロク)三井梨紗子(東京シンクロク)組が銅メダルを獲得した。
この種目で日本は2大会ぶりに表彰台に立ち、2位の中国と合わせて3分の2をアジア勢で占めた。これは、五輪のシンクロで初めてのことなる。
復活に導いたのはスパルタ指導で有名な井村雅代ヘッドコーチだ。井村コーチは2年前に日本の指導に戻り、低迷していた代表を一から鍛え直した。
井村コーチは2004年アテネ五輪の後、オファーを受けて中国に渡り、北京、ロンドン両五輪を指揮。
当時は「裏切り者」「売国奴」などと散々叩かれたが、2大会ともメダルをもたらし、結果を出してみせたのだ。
そもそも井村コーチはなぜ日本を捨て中国へ渡ったのか?
その理由は「中国の出した報酬が凄まじい」、「金子正子チームリーダーと確執があった」などと噂されているので、今回はそのあたりの真相についてまとめてみた。
井村雅代と金子正子に確執?
井村雅代氏が日本代表のヘッドコーチを降りたのは、金子正子チームリーダーとの折り合いが悪かったからとされている。
井村コーチが、中国のヘッドコーチを引き受けた理由は、確執のある金子正子チームリーダー率いる日本を倒すためだと思われた。
結果、井村コーチは北京、ロンドン両五輪で中国にメダルをもたらし、日本を破ったわけだが、2人は本当に仲が悪かったのか?
金子チームリーダーは2年前、2016年リオデジャネイロ五輪での復活を期すため強かった日本を共に率いてきた井村コーチに声をかけたという。
すると井村コーチは、04年アテネ五輪以来離れていた日本のコーチングスタッフに復帰。
強い日本を取り戻すため、黄金期を共に築いてきた金子チームリーダーと井村ヘッドコーチによる指導体制が、再び始動した。
これらの経緯をみると、噂された2人の確執はなかったように思われる。
どうもそこには、井村コーチと意見の食い違う「日本水連」の存在があったのだという。
井村コーチは五輪で勝つため、世界で戦える素質、つまり体型などを優先した選手の育成を提案したそうだ。
しかしそうなると、体型の小さい選手などはいくら頑張っても報われない事になり、代表選出も不公平性になるため「日本水連」は提案を受け入れなかった。
結局、「日本水連」が井村コーチを放出してまで提案に反対したことが原因で、井村氏はヘッドコーチを降りたのだという。
井村雅代 中国のコーチになった理由は報酬のため?
井村雅代氏が日本代表のヘッドコーチを降り、中国のコーチになったのは、中国側が提示した報酬にあったとされている。
中国は井村氏に対し、
■ 年俸1億円
■ 高級マンション貸与
■ 指導方法には口は出さない
■ 金メダルでボーナス
■ 専属通訳
■ 専属マッサージ師
■ 専属コック
など、高額報酬を提示し、オファーしたという。
お金のために中国でコーチを引き受けるなどと言えるはずもなく、本人としては中国のヘッドコーチになった理由を、「今度の五輪でメダルを取りたい。何色のメダルでも良い。そのために、今、一生懸命がんばっているが、経験もノウハウもない。あなたの素晴らしいコーチ力を貸してくれないか」と打診されたからだと告白している。
当時から日中関係をめぐって、必ずしも友好とは言いがたいムードが漂っていたころでのオファーに中国はあえて日本人の監督に要請を出した。
井村コーチは「北京五輪のホスト国として、失敗は許されない。背水の陣をしいて私の技術を必要としている。これじゃ、もう断れない」とすぐに決意を固めたという。
「アジアのシンクロを強くしたい」という思いのある井村コーチが目指す目標は、「アジアの一番が世界の一番になってほしいこと。できれば、一番と二番の争いは、中国と日本の間で展開してほしい。」と、アジア勢が表彰台の中央に立つことを次の目標に掲げている。