ケネディ大統領暗殺はジャックが銃で射殺?運転手が犯人は嘘?
☆この記事はこのような人におすすめです。
・1963年11月に発生したケネディ大統領暗殺事件の真相を知りたい。
・なぜジャック・ルビーが銃で犯人を射殺したのかを知りたい。
・運転手が犯人ではない理由を知りたい。
事件から60年近く経つケネディ大統領暗殺事件には、様々な主張や陰謀論が発表されています。
当時は犯人として、オズワルドが逮捕されたわけですが、「運転手が犯人」とか「宇宙人が事件の背景に絡んでいる」などの推理もあるほど、現在も謎に包まれています。
他にも、CIAや副大統領だったリンドン・B・ジョンソン、それにマフィアが背景に絡んでいるという説も浮上。
その中でも「ケネディ大統領暗殺事件」に関わったオズワルドとジャックの背景にいた”大物マフィア”の犯行が一番真相に近いのかもしれません。
果たして”大物マフィア”の正体は一体誰なのか?
そこで今回は、ケネディ大統領暗殺事件の真相に迫ってみたいと思います。
ケネディ大統領暗殺はジャックが銃で射殺
1963年11月22日、オープンカーに乗ったジョン・F・ケネディ大統領が、パレードの最中に銃で狙撃され死亡しました。享年46歳
この世界一有名な『ケネディ大統領暗殺事件』は、真相が謎めいていることから多くの人の注目を集め、60年近く経つ現在でも語り続けられています。
ジョン・F・ケネディは、戦後最年少で就任した第35代大統領。
歴代大統領の中でも最高の支持率だったのですが、何者かに銃で暗殺されてしまったのです。
犯人として捕まったのは、事件当初、テキサス教科書倉庫で働いていたリー・ハーヴェイ・オズワルド。
このオズワルドという男が、「倉庫ビルの前を過ぎて行くケネディ大統領を背後から狙撃した」と言われています。
当時、テキサスのダラスで遊説中の現大統領が狙撃されたという事件は、世界を驚愕させました。
すぐさま実行犯として、オズワルドが逮捕されたのですが、2日後、警察内を移動中にクラブ経営者の男・ジャックに銃で撃たれて死亡したのです。
そして、後の裁判でジャックに死刑判決が下るも、4年後、ダラス郡拘置所内で突然、激しいせきと吐き気に襲われ入院。
原因は右肺からくる癌の肺塞栓だったのですが、そのまま入院先の病院で死亡したのです。
結局、犯人とされたオズワルドは事件からわずか2日後、ジャックに銃で暗殺された為、事件の真相について証言する間もありませんでした。
なお、生前のオズワルドですが、「俺はやっていない!罠にかけられたんだ!」と犯行を否認していたことから、暗殺の理由が「口封じの為ではないか?」と今でも語り続けられているのです。
また、オズワルドを射殺したジャックが死亡したのにも多くの謎が残っています。
後になってジャックの癌の発生場所とされていた膵臓には、何の異常もないことが判明。
「拘留中に癌細胞を移植されたのではないか?」との説が浮上しているのです。
クラブ経営者だったジャックがオズワルドの命を狙ったのも、マフィアとの深いつながりがあること。
しかも、警察関係者でも報道関係者でもないのに銃を持って侵入出来たのも、「ダラス市警の親しい友人が手を貸したためではないか?」と言われているのです。
やはりジャックは、誰かの手によって抹殺させられてしまったのでしょうか?
ジャック抹殺には、ケネディ大統暗殺に関わる黒幕が裏で手を回していたのが、事の真相なのかもしれません。
ケネディ大統暗殺の真相は運転手が犯人は嘘?
事件当日、ケネディ大統領がダラスで演説をする予定だったのは、「宇宙人の存在をアメリカ政府が把握していることを宣言しようとしていた」と言われています。
その証拠に、暗殺されたケネディ大統領が着ていた服のポケットには、宇宙人の存在を記したスピーチの草稿があったそう。
しかもその草稿は某所に保管され、「近いうちに公開されるだろう」と言われていたのです。
ただし、本当にケネディ大統領は宇宙人の存在を認めようとしたのかは謎です。
その理由は、ケネディ大統領暗殺の10日前に書かれた機密文章に「ケネディがUFOや宇宙人の存在を公表することをCIAは許さない」と書かれていたから。
この文章からCIAがケネディ大統領暗殺に関与しているのが想像でき、暗殺された理由も、宇宙人の問題が関わっているとの見方が強まったのです。
しかし、実際は”大物マフィア”が事件の背景に関与していたことが有力視されています。
そうなればオズワルドが犯人ではなかったことになり、ケネディ暗殺の黒幕がマフィアだったことになります。
はたして真犯人はCIAが雇った運転手なのか、それともマフィアが雇った運転手だったのか、真相は今でも分かっていません。
ケネディ大統領暗殺の調査資料
ジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されてから60年近く経ちます。
事件の公式報告書には、暗殺者をオズワルドによる単独犯行と決定づけていますが、現在も暗殺をめぐる陰謀説が絶えません。
ただし、それも残念ながら、事件を調査したウォーレン委員会が「オズワルド単独犯説」という最終結論を出しています。
一方で、「この事件と関連する無実の人々が被害を受けないよう保護するため」として、調査資料の一部を2039年まで公開することを拒否。
その為、現在も真相究明に向けた調査が続けられています。
ちなみに、アメリカ政府の国家機密情報が「50年後には公開される」としていた点から考えると、1963年11月22日に起きたケネディ大統領暗殺事件の調査資料は、2013年までに公開されてなければなりません。
50年経っても公開されないのは、やはり総て公開してしまうと「影響力のある部分が多数存在している」といった意味になるからなのでしょうか?
ケネディ大統領暗殺は、多くの人の注目を集めるほど注目され、いくつかの謎はいまだ解明されていないのです。