浅田真央の母親(浅田 匡子)の死因は肝硬変?原因は過去の職業?

浅田真央 画像

フィギュアスケート女子の浅田真央選手は2017年4月10日、自身のブログで現役引退を発表した。

 

突然の引退発表にテレビ各局は予定していた番組を緊急編成。

 

特集を組むなどして、国民的ヒロインの引退を大きく取り上げたのである。

 

そんな浅田真央選手を世界のトップに引き上げたのが、伝家の宝刀のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)だ。

 

トリプルアクセルは母親の浅田匡子さんと一緒に、小さい頃からトランポリンで練習。

 

思い出が詰まった特別なジャンプでもあった。

 

また、浅田真央選手を溺愛し、世界一のフィギュアスケート選手に育て上げるために全身全霊をかけてサポートしたのが、2011年12月9日に急逝した母・匡子さんである。(享年48、死因は肝硬変)

 

実は母親の浅田匡子さんは、20年にもわたる闘病生活を余儀なくされていたとか。

 

2011年に入り、医師から「肝臓移植をしなければ、次のオリンピックまで生きていられないかもしれない」と言われていたそうだ。

 

ちなみに、浅田匡子さんの死因となった「肝硬変」は、さまざまな肝臓の障害が慢性化した結果として発症する病気。

 

肝硬変の主な原因は、約8割が肝炎ウイルス。

 

次に多い原因は、アルコールによるものと発表されている。

 

よく、浅田真央選手の両親についての噂がネット上で広がっているが、母親・匡子さんの過去にまつわる話も取り沙汰されている。

 

死因が肝硬変と報道された時も「過去の職業が原因だったのでは?」と一部で囁かれたのだ。

Sponsored Link

浅田真央の母親(浅田 匡子)の死因

浅田真央選手の母親・浅田匡子さんが急逝したのは2011年12月9日。

 

死因は肝硬変で、名古屋市内の病院で死去したと発表された。(画像あり)

 

なお、生前の浅田匡子さんは2017年夏頃から病状が悪化し、入退院を繰り返していたという。

 

そして、浅田真央選手はグランプリ(GP)ファイナルの開催地・ケベックの現地で容体急変の連絡を受けたのだ。

 

その後、浅田真央選手は急遽欠場を決め、佐藤信夫コーチとともに帰国。

 

同日午後に帰国したが、間に合わなかった。

 

(浅田真央と母親・浅田匡子さんの画像)
浅田真央 母親 画像

 

そんな最愛の母である匡子さんは、姉妹が幼い頃から2人のフィギュア生活を全面的に支え、人生の全てをかけてきたステージママとして知られる。

 

浅田真央選手が世界的アスリートとして活躍できたのも、匡子さんのマネジメントとプロデュースあってこそ。

 

幼少の頃から毎日のようにスケート場へ車で送迎していた。

 

だが、体調が悪化してから応援に駆けつける姿がなくなったのである。

 

その為、浅田真央選手はオフに自動車教習所に通って免許を取得。

 

母親を頼らず、以降は自分で車を運転して中京大での練習に通うようになっていたのだ。

 

一方、晩年の浅田匡子さんは肝臓を患い、移植手術が必要とされた。

 

このとき、家族全員が適合手術を受け、姉の舞が最もドナーに適合したことが判明。

 

しかし、直前になって匡子さんが「やはり、大事な娘の身体にメスを入れられません」と強く拒否。

 

危険度が上がることを承知のうえで、夫からの肝臓移植を受けたと報道された。

 

そこで、20年にもわたる闘病生活を余儀なくされた匡子さんの死因、肝硬変とは一体どんな病気なのか?

Sponsored Link

肝硬変とは

医師の話によると、肝硬変というのは…

様々な肝臓の病気(C型、B型肝炎・脂肪肝・アルコール性肝障害など)が長い経過をたどって進行した結果、肝臓に線維化(やけどの後の引き攣れのようなもの)が起こり、肝臓の正常な構造が寸断されるものです。

肝臓の表面は凹凸不整になり、肝臓全体としては小さく硬くなってしまい、その結果、正常な肝臓の機能を果たせないばかりか、腹部全体にかかわる血流異常が起こります。

肝硬変の硬い肝臓は基本的には元には戻らず(不可逆的といいます)、原因が取り除かれずに線維化が進行すると、最終的には「肝不全」という肝臓が全く機能しない状態におちいってしまいます。

しかし、近年では肝硬変の診断も早期に行われ、治療も進歩した結果、予後も大きく変わってきました。

ただ、同じ肝硬変でも、ごく軽いものから進行して悪化したものまで様々な種類がみられます。

進行の度合いは一般に、肝機能がある程度保たれている「代償期」と、肝機能が低下し浮腫や腹水、黄疸傾向などが現れる「非代償期」に分けられます。

肝臓は身体中で最も大きな臓器であり(1.0~1.3Kg)、予備能力に優れている(多少のダメージを受けたとしても完全に機能が阻害されるわけではない)ため、肝機能が半分以下に落ちないと症状を表しません。

それが「沈黙の臓器」とも呼ばれる所以です。したがって代償期では自覚症状はほとんどありません。

ただし、安静時にあちこちの筋肉がつる、または手のひらが赤いなどの症状がみられた場合、これらは肝硬変の徴候である場合があります。

一方、非代償期になると様々な症状・合併症が出てきます。また、肝硬変になるとその後肝臓がんが発生し易くなり、肝硬変の死因の半数以上が肝臓がんの合併によるとも言われており、注意が必要です。

引用元:メディカルノートより

浅田匡子の肝硬変は過去の職業が原因?

浅田真央選手は家族愛が週刊誌等で報じられる一方、母親・浅田匡子さんの過去の職業や、父親についてはあまり触れられてこなかった。

 

父親・敏治さんに関しては、浅田真央選手が復帰宣言した前日、交際していた50代女性に対してのDV容疑で検挙されたことが報じられている。

 

浅田真央選手の父親は、若い頃は大阪のホストクラブでナンバー1だったらしく、30歳前に独立して複数の店舗を経営。

 

しかも、浅田匡子さんとはホストと客の関係で、その後デキ婚したとも報じられた。

 

他にも父親の周辺では、かねてより“書けない話”が山積していたということだ。

 

また、母親・浅田匡子さんに関しても一切触れてはいけないタブーがあるという。

 

浅田匡子さんの生い立ちなどで触れられているのは、12歳の時に父を亡くし、20歳の時に母親を亡くしているという程度。

 

ネットで噂になっている過去の職業については一切触れられていない。

 

巷では岐阜の金津園で働いていたという噂や中卒で「スナックのママ」をしていたという話もある。

 

肝硬変を患ったのも「スナックのママをしていたから飲みすぎが原因だったのでは?」と言われているが、そこらへんの真相は不明である。

Sponsored Link
  
  

著者情報

▲トップへ戻る