吉田純子の子供(娘)と旦那 生い立ちは?マンションの場所は?(2024最新)
1998年から繰り返された「久留米看護師連続保険金殺人事件」は、元看護師4人組による犯行。
主犯格の吉田純子(当時39歳)は、同じ看護学校で知り合った3人の共犯者たちと、旦那を殺害する計画を立てたのです。
そして、命を奪われたのは、この4人の内の2人の旦那(夫)でした。
一連の犯行で、吉田純子が手にした金額は2億円超。
最終的には、共犯者の1人である石井ヒト美の自首によって、2002年に発覚。
犯罪史上類を見ない残虐な事件となったのです。
そこで今回は、久留米看護師連続保険金殺人事件の犯人で、唯一、死刑執行された吉田純子の子供(娘)の名前や年齢。
生い立ちや、4人が逮捕されるまで住んでいた、久留米の高級マンションの場所などについてまとめてみました。
吉田純子の子供(娘)と旦那の現在
久留米看護師連続保険金殺人事件の犯人、吉田純子・堤美由紀・石井ヒト美・池上和子は、久留米にある聖マリア学院看護専門学校(現・聖マリア学院短期大学)の同級生でした。
4人は、看護専門学校卒業後、再会。
そこからは、吉田純子の洗脳によって、事件が次々と起きたのです。
(犯人の画像、上段左・吉田純子、右・石井ヒト美)
(下段左・堤美由紀、右・池上和子)
また、あまりにも有名なことから、この事件を元にしたドラマ「黒い看護婦」が制作されました。
なお、吉田純子ですが、この事件で自分の旦那(夫)の命は奪っていません。
当時は旦那と別居中で、子供(娘)3人と暮らしていたのです。
ちなみに、吉田純子の旦那は自衛官で、名前は吉田浩次。
昭和28年2月13日生まれなので、現在70歳になっています。
一方、3人の子供(娘)の名前はというと、上から吉田紀子、吉田エリ、吉田さやか。
年齢は、長女の紀子が昭和58年1月生まれの、現在40歳。
次女のエリが昭和62年10月生まれの、現在35歳。
三女のさやかが平成元年12月生まれの、現在33歳。
娘3人は現在、結婚でもして、普通にどこかで暮らしていることでしょう。
吉田純子が住んでいた高級マンションの場所
久留米看護師連続保険金殺人事件が発覚するまでの吉田純子は、他の3人を同じ高級マンションに住まわせていました。
しかも、外部からの接触を一切断ち、洗脳していたのです。
当時、4人が住んでいた高級マンションの場所は、福岡県久留米市野中町1135。
マンションは9階建てで、名前は「サングレート野中2」です。
そのマンションを吉田純子は、別居していた旦那の相続財産を担保にし、旦那にローンを組ませて購入。
最上階にある4LDKの903号室に、子供と住んでいたのです。
また、他の3人はというと、堤美由紀が3LDKの405号室。
石井ヒト美が3LDKの306号室。
池上和子が3LDKの102号室に入居。
ただし、吉田純子は、堤美由紀と同居し、同性愛の相手をさせていたのです。
後に分かったことですが、吉田純子は、ものすごく性欲の強い女だったとか。
旦那と別居していた為、小中学校からの同級生で、一番の親友である堤美由紀と関係を持ち、挙句の果てに「私妊娠した」と言い出したそうです。
その言葉を堤美由紀は、洗脳されていた為か、なぜか信じたのだといいます。
吉田純子の生い立ち
吉田純子は、福岡県柳川市(旧山門郡三橋町)出身で、旧姓は井口。
父親(井口軍造)、母親(井口瑞江)、弟の4人家族です。
そして、生い立ちに関してですが、父親の収入が低く、経済的に苦しい環境で育ったようです。
吉田純子が幼い頃、自衛官だった父親は除隊。
その後、自動車修理の仕事に転職したのだとか。
しかし、商売は上手くいかず。
その為、母親は内職や家政婦として働き、家計を助けていたといいます。
また、吉田純子は子供の頃から見栄を張る虚言癖があったとか。
それに成績が悪く、母親から叱られることが多かったようです。
一方、弟は成績優秀でスポーツ万能。
なので、母親から可愛がられていたらしいのですが、吉田純子に対しては厳しく、いたずらをすると容赦なく体罰を与えることがあったということです。
ちなみに、吉田純子の出身校は、柳河小学校、柳河中学校、私立佐賀女子高校衛生看護科、聖マリア学院看護専門学校。
堤美由紀は、柳河小学校、柳河中学校、福岡県立大川高校普通科、聖マリア学院看護専門学校。
石井ヒト美は、福岡県立大川高校普通科、聖マリア学院看護専門学校。
池上和子の出身校は、聖マリア学院看護専門学校としか分かっていません。
久留米看護師連続保険金殺人事件の判決
久留米看護師連続保険金殺人事件で最初に亡くなったのは、池上和子の旦那でした。
方法は、酒に睡眠薬を混ぜて飲ませ、夜中に寝ているところを4人組が侵入してきて、足の静脈に空気を打ち込む。
そして、頃合いを見計らって119番して救急車を呼び、病院で死亡を確認させるというものです。
これは、犯行を気付かれないようにするのと、後に病院で亡くなるよう計算した実行。
結果、吉田純子らは、最初の犯行で保険金3500万円を手にしたのです。
さらに翌年、今度は共犯者である石井ヒト美の旦那を、急性アルコール中毒に見せかけ犯行を実行。
再び、保険金3200万円を搾取(さくしゅ)。
しかも、その保険金を手にしていたのは、主犯格の吉田純子で、独り占めしていたのです。
ちなみに、この吉田純子という人物は、ほかの3人を従えるために、いろんな手口を使って率いていました。
例えば、”ある先生”という架空の存在を作成。
その人は皇族につながる人で、警察庁にも顔が利いて、暴力団も操れて日本を動かしてる人と虚言。
そして、その先生が調べた結果、「あなたの旦那は浮気していて、おかしい。」などと言って信じ込ませる。
いわば、軽い洗脳状態におとし入れていたのです。
なので、ほかの3人からは「吉田様」と呼ばせて、奴隷のように扱っていく。
結果的に、先生の存在をでっち上げるなどして、池上和子らに、自ら旦那の命を奪うことを決意させたということです。
しかし、そんな狂った関係も、石井ヒト美が自首したことにより、一連の事件が発覚。
そして、2004年に行われた一審判決で、吉田純子に死刑、堤美由紀に無期懲役、石井ヒト美に懲役17年の判決が下ったのです。
もう1人の池上和子に関しては、一審判決前の2004年9月1日、福岡拘置所にて子宮ガンのため病死。(享年43)
また、3人は判決を不服として控訴しましたが、それぞれ棄却され、堤美由紀、石井ヒト美の刑が確定。
吉田純子については、2010年、最高裁で死刑が確定し、福岡拘置所に収容。
2016年3月25日に死刑執行されたのです。