宮根誠司 隠し子の相手女性が文春に真相告白!メールの内容や嘘を暴露!

2012年に隠し子がいることを女性週刊誌「女性セブン」に報じられたフリーアナウンサーの宮根誠司(54)の対応に、子どもの母親である相手女性が激怒している。
事の発端は、最近ある事実を知った相手女性が、どうしても宮根のことを許せないと「週刊文春」に告発。
相手女性が言うには、「女性セブン」に掲載された記事は宮根が作り上げた話に基づいて書かれているもので、宮根にとって都合のよい内容になっているという。
文春のインタビューに応じた隠し子の母親は、宮根がついた嘘でこれまで冷たい目で見られてきたとか。
だが、宮根や家族の迷惑になるだろうと本当のことを話さずに黙って我慢してきたという。
ただ、最近あることを知って宮根の事をどうしても許せなくなり、真相を話すことことにしたというのだが、はたして相手女性は一体どんな内容を文春に語っているのか。
そこには宮根が「女性セブン」に語った内容とはまったく異なる会話が掲載されている。
今回は、宮根が相手女性に送ったとみられるメールの文面を含め、文春に掲載されている内容をまとめてみた。
宮根誠司 隠し子の相手女性が文春に真相告白
2012年1月、「女性セブン」に「宮根誠司に隠し子!語り尽くした4年の苦悩」という記事が掲載された。
隠し子の件について宮根は、自身がMCを務める「情報ライブ ミヤネ屋」で「女性セブン」の報道を「すべて事実です」と認め、謝罪した。
宮根は1993年に元モデルの女性と結婚したが04年に離婚。その後、現在の嫁と06年に再婚するのだが、嫁とは別の、大阪・北新地でママをしていた女性との間に3歳の女児がいることが報じられたのである。
北新地でママをしていた女性というのが、今回、文春のインタビューに応じた女性で子どもの母親。
相手女性とは結婚前の04年の6月頃に知り合い交際に発展。当時、相手女性は20代で、宮根はお客として女性の店によく訪れていたという。
そのうち宮根から「ご飯行く?」と誘ってきたり、ある時は一緒に道頓堀のスポーツジムに行ったりして仲良くなり交際に発展。
だが、付き合って2年ぐらい経った06年8月頃に宮根から「君よりも先に出会って付き合ってる人がいる」と打ち明けられたのだとか。
そのことを聞いた相手女性は、ショックだったが、「もしその人と結婚する気があるなら私はすぐに別れます」と数えきれないくらい何回も言ったそうだ。
二股の状態が耐えられないとして、相手女性から別れを切り出したこともあるという。
だが、「女性セブン」の記事では当時のことを宮根は、「相手の女性には結婚を約束した恋人がいると言っていたので、向こうも僕とは結婚できないとは思っていたようです」と語っているのだ。
「そんなことは一切言われたことはなかったし、全くの嘘だ」と相手女性は文春に明かしている。
また、06年8月の結婚後も関係は続いていたが、「新婚ということもあってか、以前よりも相手女性と頻繁に会うことはなくなっていた」とも書かれていた。
この件に関しても相手女性は、宮根の嘘を指摘。「むしろ会う回数は以前よりも増え、週に1回は会っていた」と告発している。
その間も宮根は再婚したことを隠し、女性と交際を続けていた。
そして、07年6月8日に子供を妊娠してるのが分かり、そのことを女性が報告すると、宮根は4日後の6月12日になり、「実は結婚している」と打ち明けてきたのだという。
結婚していることを聞かされた相手女性は、「信じられませんでした。頭が真っ白になり、絶望的な気持ちになり、ただただ悲しかった。」と当時を振り返る。
相手女性は宮根に嘘をつかれ、騙されていたことを痛感するも08年2月には難産の末、娘を出産。宮根は3月に相手女性の実家で娘と対面し、4月に認知をしたという。
宮根誠司 隠し子の相手女性が文春にメールの内容を暴露
隠し子の相手女性に結婚していることを打ち明けた宮根誠司は、後に長文の謝罪メールを何通も送っていたようだ。
例えば6月13日の深夜、宮根からのメールにはこう綴られている。
「本当にごめんなさい。自己保身と言われてもしょうがないですけど、君の事は本当に好きでした。彼女と付き合って何年かして君が僕の前に現れました。僕はママが好きになりました。ただ、結婚は考えていませんでした。ただ、ママを応援しなければ、いつか君を新地でトップにすると張り切ってました。それは信じて下さい。籍の事は君との関係を失いたくなくて言えませんでした。本当に好きでした。僕はこれから償いたいそして頑張ります。彼女の人生もあります。君の人生もあります。一生かけてどんなことをしても償います。」
そのほかにも宮根は謝りながらも「言うのだけは勘弁して下さい」といった内容のメールを送ってきて、家族や世間に知られないよう、隠すことに必死だったという。
そんな宮根は、妊娠半年後ぐらいに相手女性の四国の実家を訪れ、両親に土下座して謝罪している。
相手女性も宮根の必死さと「一生かけて償う」という言葉を信じて一度は許したそうだが、娘が産まれてからも宮根に裏切られた悲しみは消えなかったようだ。
再婚をブログで報告した宮根が、「ミヤネ屋」の放送中に共演者から花束をもらって祝福されている姿を見て、相手女性は悔しさでいっぱいになったという。
「ひとりで宮根の子を育てているのに、何で宮根だけが皆から祝福されているのだろう」と。
当時、宮根はまだ本当のことを嫁に伝えていなかったそうだ。
「女性セブン」の記事には、「嫁に隠し子がいることを伝えるまで一か月くらい悩みました」とあるが、実際は1年半以上にわたって宮根は隠し続けていたはずだと、相手女性は主張している。
だから自分で言わないなら今回のように相手女性が嫁に会いに行くと伝えると、宮根はようやく諦めたように「嫁に言います」と返事してきたそうだ。
宮根はそうやっていつも口でうまいことを言っては、物事をうやむやにして隠そうとするのだそう。
「女性セブン」から記事が出る時も一報があるのみで内容は知らされず。
記事を読むと、既婚者と知りつつ付き合っている愛人のように書かれていたことに衝撃を受けたという。
「本当は、宮根に騙されていただけなのに」と、相手女性は事の真相を文春のインタビューでぶちまけたのだ。
宮根誠司の隠し子の相手女性が知ったある事実とは?
宮根誠司の子どもの母親は、ある事実を知ったことで、文春に真相をぶちまけることになったという。
そのある事実とは、これまで宮根が相手女性に隠してきたことだった。
それは、娘が1歳になった頃のこと。実は宮根と嫁が相手女性に黙って、四国の父親の元に訪ねてきたのだという。
2人は父親を近くのホテルに呼びつけ、宮根の嫁からこう言われたのだそうだ。
「こんなことになってどうしてくれるんだ」と。
嫁が厳しい口調で父親を責め立てたそうだが、宮根は横で何も言わず黙り込んでいたらしい。
コーヒー1杯も出されなかったといい、その話を聞いた相手女性はというと「騙されたのはこっちなのに」と怒りがこみ上げてきたという。
しかも嫁はこちらが訴えて裁判を起こすことを危惧している様子だったとも父親から聞いたようだ。
そんなことがあったとは9年近く経って初めて知った。父親は自分の娘を気遣って黙っていたのだという。
相手女性の父親は、宮根が四国に謝罪しに来た時も怒るどころか、逆に「頑張らなあかん」と宮根を励ましたそうだ。
その行為を踏みにじった宮根と嫁に相手女性が激怒。
相手女性は今年の10月23日にホテルで宮根と直接会って、改めて「奥さんに私と私の父に謝ってほしい」と伝えたそうだが、宮根は「その時の事はどうだったか細かいことは覚えていない」と再び話を逸らしたという。
相手女性はその場でこれまでの真実を公表する気でいることを伝えると、宮根は「僕は全然、腹をくくるので公表してもいいです。仕事がなくなって社会的に叩かれるかもしれないけど、甘んじて受け入れます。」といい、「でも2年後くらいにはまた復帰する」とも話していたそうだ。
別れる際には「僕のことが嫌いなの?」「僕と戦うんですか?」と高をくくった態度で聞いてきたのだという。
そして文春が宮根を直撃すると「事務所を通して下さい」と繰り返すのみ。事務所からも期日までに回答はなかったそうだ。