高嶋ちさ子の父の職業は?夫(盛田賢司)はミキモトでイケメン?

高嶋ちさ子と父親の画像

バイオリニストの高嶋ちさ子の父親は、高嶋弘之氏。

 

兄弟は1歳違いの兄・太郎氏と、6歳上の姉でダウン症の未知子さんがいます。

 

また、母親の薫子さんは闘病生活の末、2017年8月に他界。

 

父親である弘之氏の兄は、俳優の故・高島忠夫氏で、現在の職業は「高嶋音楽事務所」の代表です。

 

なお、高島忠夫氏の子供の高嶋政宏・政伸兄弟と高嶋ちさ子は、従兄弟にあたります。

 

しかし、両家の関係は最悪。

 

何年も断絶したままだそうです。

 

一方、高嶋ちさ子の夫はというと、あのソニー創業者・盛田昭夫氏(享年78)の甥っ子の盛田賢司氏。

 

夫の盛田賢司氏は顔がイケメンで、現在はブランドジュエリー「ミキモト」に勤務しているようです。

 

親戚に芸能人一家、身内に豪華な顔ぶれが揃う高嶋ちさ子。

 

今回は子供のことや、イケメンとウワサの夫について調査してみました。

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高嶋ちさ子の父の職業

高嶋ちさ子の父親・高嶋弘之氏は兵庫県神戸市出身。

 

兵庫県立神戸高校時代は演劇部に所属し、芝居ばかりしていたそうです。

 

そして、神戸高校を卒業すると早稲田大学文学部に進学。

 

早稲田大学では第1文学部の演劇を専攻し、映画監督を目指していたといいます。

 

当時の弘之氏は、映画関係を就職先に希望していて、松竹の助監督試験を受けるも不合格という結果に。

 

その後、兄の高島忠夫氏の紹介で東芝レコード事業部のディレクター試験を受け、合格。

 

こうして音楽業界の職業に就いた父親は、東芝レコード時代、あの有名なビートルズのディレクターに就任。

 

日本でビートルズブームを巻き起こさせたのです。

 

その後、多彩なジャンルを超え、多くのアーティストを世に送り出す敏腕プロデューサーとして活躍。

 

1969年に東芝レコードを退職すると、1970年にキャニオン・レコード取締役制作部長就任します。

 

そして現在、高嶋音楽事務所の代表として、1966カルテット、山田姉妹らをプロデュースしています。

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高嶋ちさ子の夫(盛田賢司)はミキモトでイケメン

高嶋ちさ子の姉・未知子さんは、「20歳まで生きられない」と宣告されながら、現在も健在です。

 

また、以前は障害者就労支援センターへ通いながら自立する努力をしたといいます。

 

そうした努力が実り、一般企業へ就職。

 

就職先の衣類販売店「GAP(ギャップ)」を6年間、無遅刻無欠勤で勤め上げたのです。

 

そして妹の高嶋ちさ子は、今でも姉・未知子さんとは一緒に買い物に行ったりして、よく出掛けているといいます。

 

学生時代もデートに行くときは姉を連れて行き、夫がまだ彼氏だった頃も姉を連れて3人で出掛けたりして、面倒をみていたのだとか。

 

高嶋ちさ子いわく、家で待ってる姉に「どこどこ行って来た」などと話すくらいなら、一緒に出掛けて楽しいことを共有したかったそうです。

 

そんな高嶋ちさ子の思いを受け止めた旦那も立派です。

 

高嶋ちさ子の夫は、ソニー創業者・盛田昭夫氏の甥・盛田賢司氏で、仕事はブランドジュエリー「ミキモト」の役員を務めているとか。

 

「ミキモト」は真珠の宝飾品が有名で、創業者の御木本幸吉氏が世界で初めて真珠の養殖に成功させたことでも知られています。

 

その「ミキモト」に勤めていると言われている夫と、1999年に結婚。

 

高嶋ちさ子いわく、「旦那は顔で選んだ」というくらい盛田賢司氏はイケメンのようです。

 

高嶋ちさ子の旦那の画像
出典元:高嶋ちさ子ブログ

 

しかも夫はイケメンに加え、背が高く、脚も長いそうで、ぜんぜんオヤジっぽさを感じさせないのだとか。

 

そんな2人の馴れ初めは、接客してくれた夫に高嶋ちさ子の方が一目惚れ。

 

また、当時、夫には付き合っていた彼女がいたらしいのですが、「別れさせ、自分と付きあってもらった」と言っています。

 

ちなみに、結婚する際も高嶋ちさ子の方からプロポーズしたということです。

高嶋ちさ子の子供の学校は?

高嶋ちさ子は2人の息子を持つ母親。

 

現在、長男は15歳、次男は13歳で、2人そろってアメリカ留学しているそうです。

 

では、留学する前、子供たちはどこの小学校に通っていたのか?

 

母親の高嶋ちさ子の学歴は、青山学院初等部、中等部から桐朋女子高校の音楽科に入学し、桐朋学園大学の音楽科へ進学。

 

母親自身が名門校出身ということもあって、息子たちにも名門私立小学校を受験させていたようです。

 

噂では自分と同じ、「青山学院初等部に通わせていた」とされています。

 

高嶋ちさ子の子供の画像

 

また、兄弟には幼少期からチェロを習わせていたそうですが、長男の方は音楽が好きでないことが判明して、4歳で挫折。

 

次男の方だけ音楽を継続し、素質なんかも母親の高嶋ちさ子よりあるといいます。

 

しかも、次男は要領も良いので、高嶋ちさ子と気が合うのだとか。

 

あと、子供のことで思い出させるといえば、2016年の「ゲーム機バキバキ事件」です。

 

かねてから高嶋ちさ子は、息子らにはゲーム機を与えない方針を貫いてきたといいます。

 

しかし、長男が友人の母親からプレゼントされたため、特別に使用を許可。

 

だったのですが、約束していた使用時間を破ったため、激怒。

 

任天堂DSをバキバキに破壊したのです。

 

また、次男にもゲーム機を買い与えたらしいのですが、チェロの練習をさぼったことに腹を立て、次男のDSもへし折り破壊。

 

そのことを公にさらしたことで、批判が殺到したのです。

 

ほかにも、長男が徒競走で1位になれなかった際、夫から「別にいいじゃん」と言われてキレまくったりと、数々の鬼エピソードがあるようです。

高嶋ちさ子の姉はダウン症

高嶋ちさ子は3人兄弟の末っ子で、兄の太郎氏とは子供のころからよくケンカばかりしていたそうです。

 

姉の未知子さんがダウン症なのも、以前から公表しています。

 

しかし、姉の未知子さんはダウン症といっても比較的軽い方で、日常生活を送ることには問題がないとか。

 

なので、母親が病気になった際も、姉の未知子さんが面倒をみていたといいます。

 

それでもやはり、子供のころの姉はダウン症ということだけで、学校などでイジメにあっていたそうです。

 

そんな姉が通っていたのは小学校の普通学級。

 

そのため、未知子さんがイジメられて家に帰ってくると、兄の太郎氏と妹のちさ子が速攻で仕返しに行って、姉を守っていたといいます。

 

ほかにも人から指をさされたり、心ない言葉を浴びせられたりなんかは日常茶飯事。

 

すると、姉思いのちさ子はその度に相手を殴ったり、言い返したりしていたようです。

 

ちなみに、「ダウン症」というのは染色体の病気。

 

21番目の染色体が1本多いことから発症します。

 

姉の未知子さんは生後1ヶ月検診のとき、医師から「ダウン症なので20歳まで生きられない」と宣告されたそうです。

 

ダウン症は短命だとされていたのは昔の話で、医療が発達していなかったため。

 

そのこと聞かされた母親の薫子さんは、現実を受け入れることができず、悲しみに暮れたといいます。

 

それでもしばらくすると、未知子さんの面倒を見てくれる兄弟が必要だと思い、子供を産むことを決意。

 

そうした後に、長男の太郎氏と次女のちさ子が誕生したのです。

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