矢方美紀 手術後の現在は?指原莉乃が卒業の理由に関係していた!?

矢方美紀 画像

先月、乳がんの手術を受けていたことを公表した元SKE48の矢方美紀(25)が、6月1日放送の「爆報!THEフライデー」に登場。

 

番組ではSKE時代、同じチームSだった宮澤佐江(27)と再会して、対談する様子が放送されるようである。

 

乳がんを公表した矢方美紀はリンパにも転移していたため、左乳房全摘出手術を決意。

 

手術を無事終え、病院から退院した矢方は現在、ラジオなどで仕事復帰している。

 

そんな矢方は、指原莉乃と同級生で、しかも同じ中学校だったことでも知られているのだが、48グループ卒業の理由に指原が関係していたとのウワサも囁かれているという。

 

なので今回は、指原莉乃がグループ卒業の理由に関係していたのかを検証するとともに、現在の矢方美紀についてなどまとめてみた。

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矢方美紀 手術後の現在は?

現在、仕事復帰している矢方美紀だが、25歳にして乳がんを公表することは本当に勇気のある行動だ。

 

ふつうなら隠しておきたいと思うことだが、あえて公表したのは、若くても病気になることを伝えたかったのだと思う。

 

かくいう矢方も小林麻央さんをきっかけに、乳がんの発見に至っている。

 

昨年、乳がんのため他界した小林麻央さんのことがあったから、自身でもチェックしてみたところ、左胸にシコリがあることが分かったのだそう。

 

矢方は、これまで病気をしたこともなく、健康診断も受けたことがなかったらしいのだが、今回の異変で思い切って病院を訪れた。

 

始めに訪れたのは、2017年の12月。

 

精密検査の結果、乳がんの確率は50パーセントだったため、改めて検査することに。

 

そして年明けに詳しい検査をするとステージ2の乳がん、リンパにも転移していることが判明したという。

 

乳がんの進行ステージには、ステージ0の「非浸潤がん」から、ステージ4の骨・肺・など、乳房以外に転移があるものまで様々。

 

中でも、がん細胞が転移しやすい部位は骨、肺、皮膚・胸壁、肝臓、脳の順となり、転移してしまうと、手術で腫瘍を切除しても完全に治ることは困難のようだ。

 

矢方の乳がんはステージ2の進行具合なので、いくぶん早期の部類に入る。

 

治療に関しては、「放射線治療」、「薬物治療」、「乳房温存手術」、「乳房切除術」などに分かれ、手術ができないほど進行しているケース以外では、多くの場合、手術が必要となる。

 

矢方は「放射線治療」などの手術をしない方法を選ばず、乳房切除の全摘手術に踏み切ったのだ。

 

ただ、左乳房の全摘を決断したのには、まだ年齢が若いことと再発を考えたこと以外に、取っても再建できることを知ったからだという。

 

乳房再建は手術中に行う方法もあるが、デメリットを考慮した結果、今回の矢方は全摘することだけを選択。

 

そのため、現在は水着などを着ることが叶わないが、いつかまた再建したいときが来た日には、そんな悩みも解決することだろう。

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矢方美紀の母親は元保険会社に勤務

乳がん発覚以来、落ち込んでいた矢方美紀を励ましたのは、同居する家族だった。

 

大分出身の矢方は、現在、大分から転居した家族と同居している。

 

しかも母親は元保険会社に勤務していた。

 

そのため、高額な治療費も母親のおかげで助かったという。

 

そもそもがんの治療費は、高額なことでも知られるが、矢方の場合も1ヶ月の病院通いだけで50~60万。

 

注射も保険が適用されないので高額だった。

 

だが、母親が元保険会社に務めていたため、矢方にがん保険を掛けていてくれていたのだという。

 

健康な時は毎月、銀行口座から1万円くらい引き落とされるので「高すぎる」と怒っていたらしいのだが、今思うとそれが随分と役に立ったというわけだ。

矢方美紀 指原莉乃が卒業の理由に関係?

昨年の2月いっぱいでSKE48を卒業した矢方美紀だが、理由について一度は芸能界引退も考えたというくらいで、多くは語られていない。

 

だが、矢方の卒業の理由に指原莉乃が関係しているのでは?と言われているようなのだが、一体どういうことなのか。

 

大分出身の矢方美紀は、2009年『SKE48第三期メンバーオーディション』に合格してグループの一員に。

 

同じ大分出身の指原莉乃は、2007年『AKB48 第二回研究生(5期生)オーディション』に合格。

 

指原の方が2年先輩になるが、2人は大分市立王子中学校の同級生で、一度だけ同じクラスになったことがあり、塾も一緒だった。

 

ただ、指原の場合は中学時代にイジメから不登校になった過去を明かしている。

 

イジメを受けて学校に行かなくなったことと、同じ中学ということから、矢方に指原イジメの疑惑が掛けられていたようなのだ。

 

だが、実際のところ、指原のイジメに矢方は無関係だった。

 

同じ中学といえど、陸上部だった矢方に対して、指原は吹奏楽部と共通するところはなかったという。

 

まして塾が一緒といっても、2人はほとんど話したことがない。

 

なのに、あることないこと言われ続けてきた矢方は、何度も辞めようと思ったくらい自暴自棄になったという。

 

デビュー当初の矢方は、ファン握手会で0人という屈辱を味わったが、それをバネに総選挙で2度のランクインを果たし、チームSのリーダーを務めた。

 

そんな矢方にありもしないウワサが立ち、辞めたら負けな気がするからと、グループに居続けてきたが、昨年ついに卒業を発表。

 

卒業の理由に、指原のことがまったく関係していないのかは分からないが、現在の矢方は将来の夢に向かって日々努力を重ねる。

 

今後も名古屋を拠点にラジオのパーソナリティをやりながら、声優業や地元のアニメ文化に携われたらと意欲を燃やす。

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