成田緑夢は姉兄弟と母親違いのイケメン!引退した今後はどうする?

成田緑夢 画像

平昌パラリンピックでスノーボードクロス日本代表として出場し、金メダルと銅メダルを獲得した成田緑夢(ぐりむ・24)選手は「成田3兄弟」の末っ子。

 

兄の成田童夢(32)は、元スノーボードハーフパイプ日本代表、姉の今井メロ(30)も元スノーボードハーフパイプの日本選手である。

 

成田家は3兄弟全員がオリンピック選手なわけだが、末っ子の緑夢は兄の童夢と姉のメロとは母親が異なり、父親・成田隆史氏の再婚相手の実子。

 

緑夢の顔が兄と姉に似ていないのはその為で、イケメンと言われるゆえんも母親違いが理由にあると思われる。

 

また、運動神経に至っても兄弟の中でズバ抜けているのが、末っ子の緑夢だ。

 

兄と姉がスノーボードをやる中、自身も1歳からボードに乗り、小学生時代にはスノーボードの国際大会に出場するくらいに成長。

 

高校に入ると、2年生でフリースタイルスキー・ハーフパイプの世界ジュニア王者に。

 

同時にスキーの練習のために始めたトランポリンでも高校日本一になり、順調に行けば、スキーとトランポリンで五輪候補に名を連ねる予定だったのである。

 

しかし、2013年4月、突如悪夢に襲われた。

 

自宅でトランポリンの練習中にバランスを崩し、左足に前十字、後十字靱帯(じんたい)断裂、半月板損傷、静脈破裂の重傷を負い、左膝から下の神経がまひしたのである。

 

この事故で緑夢は左足に障害を負うことになるが、ケガから1年後には再びスノーボードやトランポリンなど本格的に取り組み、1年余りでパラリンピックの代表選手になった。

 

そして、平昌パラリンピックでメダルを獲得した緑夢は冬季競技からの引退を発表。

 

今後は、2020年の東京五輪と同パラリンピックの出場を目標に掲げている。

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成田緑夢は姉兄弟と母親違いのイケメン

成田緑夢の父親・成田隆史氏は、兄弟をスパルタ指導の末、オリンピック選手に育て上げたが、職業はファッションカメラマンで、競技に関しては元アスリートでも指導者でもない。

 

一方、緑夢の母親は元モデルで父親・隆史氏の再婚相手。

 

兄の成田童夢と姉の今井メロの実母は、隆史氏が離婚した今井多美江で、緑夢とは母親が異なる。

 

また、父親・隆史氏と前妻・多美江が離婚したのは、兄・童夢が7歳、姉・メロが5歳のときだが、2人の間にはもう1人・次男の流星がいるので、緑夢には2人の兄と1人の姉がいることになる。

 

ただ、次男の流星は離婚した際に母親の多美江に引き取られているので、苗字は今井の性を名乗り、姉のメロが今井を名乗っているのは、家出した際、実母の多美江の所で次男と一緒に生活するようになり、苗字を成田から今井に変更したというわけだ。

 

成田緑夢 兄弟 画像

出典元:ホウドウキョク

 

いろいろとややこしいが、成田家の兄弟4人のうち、緑夢だけが母親が違うことになる。

 

なので兄弟と顔が似ていないのもそうだし、イケメンなのも元モデルの再婚相手似だからなのだろう。

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成田緑夢 引退した今後はどうする?

成田緑夢の兄・成田童夢と、姉の今井メロは幼少期からスノーボードを始め、数々の大会で好成績をあげている。

 

中でも姉のメロは12歳で史上最年少のプロスノーボーダーに認定され、スポンサーも付いていたほどだ。

 

しかし、ともにスノーボードハーフパイプの日本代表として出場した2006年のトリノ五輪では、童夢、メロは予選敗退に終わった。

 

五輪以降の2人はというと、童夢は実質的な選手活動を休止。

 

メロに至っても、2007年3月10日に岐阜県の高鷲スノーパークで開催された「全日本選手権」に出場しただけで、以降は選手活動を休止し、DVDの発売や、結婚、出産、離婚などを経験した。

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一方、そのころの緑夢はというと、将来のオリンピック出場を目指している最中。

 

日々の練習も父親から布団でバック宙を10回することを命じられ、その後に朝食を取るのが日課となっていた。

また、学校から帰宅すると、自宅屋上に置いてあるトランポリンで、父親が考案した練習メニューをこなさなければならなかったのである。

 

その練習の過程で緑夢は左足に重傷を負い、膝から下の感覚を失った。

 

一時は足の切断の可能性も示唆されたが、手術を受けてかろうじて切断を逃れた。

 

五輪出場という夢を失った緑夢だったが、ケガから1年半後に練習を再開。

 

スノーボードで平昌パラリンピックに出場することを目指し、夏場はウェイクボードでバランス感覚を磨いた。

 

その結果、左足に障害があるにもかかわらず、2016年に行われた「ウェイクボード全日本選手権」の一般部門に出場して優勝。

 

その他の競技に関しても、短距離走、走り幅跳び、走り高跳びでも日本のトップレベルで活躍する運動能力を誇る。

 

冬季競技から引退し、今後どうするかは現在模索中だそうだが、2020年東京五輪のパラリンピックは陸上かトライアスロンでの挑戦が濃厚とされている。

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